叶わぬ恋ほど忘れ難い
今すぐにでも泣いてしまいたい衝動を必死に抑え込み、ロッカーから先ほど金原くんにもらった封筒を取り出す。そしてその中に入っている四枚の紙を、長机に広げて見せた。
「ラブレターじゃありません」
言うと店長は、ゆっくりとこちらに身体を向けて、四枚の紙に視線を移す。
「金原くんにおすすめのライトノベルをリストアップしてもらいました。ラブレターじゃ、ありません」
「……」
「職場恋愛が禁止されていないことも、了解しました。でも当分はその予定はありません」
「……」
「わたしはこの仕事が好きなので、しばらく恋愛はせずに頑張りたいんです。だから、一方的な勘違いをするのはやめてください。男性をすすめるのも間に合ってます。わたしの心と行動は、わたしが決めます」
「……」
わたしの言葉を、四枚の紙を見つめながら聞いていた店長は、静かな声で「ごめん」と呟いた。
「ごめん、崎田さん」
もう一度謝罪の言葉を呟いてから、店長がゆっくりと顔を上げる。もうさっきまでの冷ややかな声ではない。いつもの優しい声色だった。
視界は良好で、店長の困ったような表情がよく見えたから、どうやらわたしは泣かずに済んだらしい。
「ごめん。普段冗談なんて言わない金原くんがあんなに楽しそうにしてたから、てっきりそうなのかなって」
「あれは、滅多に見られないレア金原が登場したと思ってください」
「分かった。ごめんな。俺、ちょっと今日は疲れてて……」
「何度も謝らないでください。疲れているなら、帰りましょう」
「……そうだね」
本当に疲れているのだろう。店長は困った表情のまま立ち上がり、店指定の黒いエプロンを外して、棚に置いてあったキーケースと煙草を手に取る。
スタッフルームを出て、売り場を通り、バックヤードから従業員出入り口に辿り着くまで、店長は一言も発しなかった。
疲れている、とのことだったので、わたしも口を開かず、黙って店長に付き従った。
次に店長の声を聞いたのは、従業員出入り口を出て、しっかりと施錠をしてからだった。