叶わぬ恋ほど忘れ難い
武田さんが近くのコンビニまで買い出しに行ってくれている間、深夜の静かなスタッフルームには、店長とわたしだけが残された。
今日はずっと店長と一緒だったのに、今更になって妙な緊張感をおぼえた。のは、正真正銘、ふたりきりだからだろうか。
コーナー作りをしたときも、倉庫の片付けをしていたときも、武田さんにドッキリを仕掛けるため暗いスタッフルームに潜んでいたときでさえ。店内に流れる音楽は聴こえていたし、人の気配もあった。だから厳密に言えばふたりきりではなかったのだ。
でも今は。深夜二時。とっくに閉店し、音楽も聴こえず人の気配もない。この建物にいるのは、店長とわたしだけ。かろうじて店長がカードを片付けている音がするものの、ふたりが黙れば静寂しかない。
そんなわたしの緊張をよそに、店長はやけにご機嫌だ。ささやかなカードゲーム大会で優勝したからだろうか。
静寂を恐れ「店長強いですね」と声をかけると、彼は嬉しそうに「いっぱいやってるからね」と答えてくれた。
確かにこの人は男性スタッフたちと時間を見つけては闘っていて、よくみんなでレアカードが入ったショーケースを覗いている。ゲームの進め方や属性をおぼえたばかりのわたしとは熱量が違うのだ。
「崎田さんだってちゃんと強くなってるよ。武田くん、手も足も出なかったし」
「あれは優しい武田さんが手を抜いてくれたのでは?」
「いや、基本武田くんは勝てないから、誘っても断ることが多いよ」
「ええ?」
「でも今日は初心者の崎田さんがいたから、誘いを受けたんだろうね。まあ、姑息なことを考えてるからぼろ負けして、罰ゲーム中だけど」
それが本当だとしたら、優しく穏やかな森のくまさんは仮の姿ということになる。森のくまさんは落としたイヤリングを届けてくれるような優しい存在のはずなのに! 騙された……!
「年下の女の子に買い出しなんてさせようとした報いだな」
心底楽しそうに笑う店長が「あと俺らに正座させた分もね」なんて付け加えるから、突然罰ゲーム付きの大会を提案したのは、きっとそれが理由なのだろうと思った。