貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
廊下から２人の気配が消え、しばらく経ってから書斎に戻ると、主任はもう戻っていた。その顔が見れなくてそそくさと教授の前に座ると、私は「もうそろそろお暇します」と切り出した。

「あらもう？　またいつでも遊びに来てちょうだいね」
「はい……ぜひ……」

そう言いながら、私はぎこちない笑顔を浮かべた。いや、笑顔になっていたかもわからない。

主任は、私が偽婚約者なのは教授も承知の上だと言っていた。じゃあ、枚田さんとの関係は知っているのだろうか？　もしかして、なんらかの事情で隠している？　そんなことばかりが頭をグルグル回っている。

「……どうした？」

主任の車に乗り、走り出してしばらくするとそう声を掛けられる。きっと私が浮かない顔をしていたのがバレバレなんだろう。

「なんでも……ありません」

俯き気味にそれだけ答えると、主任はハンドルを握ったまま「そうか」とだけ呟く。信号が赤になり、ゆっくり車が停まると主任はこちらを向いた。

「今から、よければ夕食でもどうだ？」

まだ夕食には少し早い時間だ。私はふと、さっきの光景が頭に浮かんだ。

『いいでしょ？　今日』

枚田さんは主任にそう言っていた。今日、きっと会う約束をしたのだ。だから、とりあえず偽物の相手を早めに済ませて、そのあと本物と会うんだろう。そんなことを思うと、涙が出そうだ。
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