貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
「今日はちょっと……」

俯いたまま、私はそれだけ絞り出す。声を出すのもやっとで、その声は掠れたような酷い声だった。

「大丈夫か?」

私のほうに体を寄せて、覗き込むような気配がする。でも、私は顔を上げることなど出来ず、「だ、大丈夫です。風邪、ひいたかも」と鼻声で返した。

「なら、今すぐ帰ったほうがいいな。薬はあるのか?」

また主任が体勢を戻すと、車はゆっくり走り出す。

「ご心配なく。なくても誰か買ってきてくれますから……」

泣いているのを悟られないよう、必死に涙を堪えながら私はそう口にする。

「そう、か……」

主任のその声が、何故だか少し寂しそうに聞こえたのは、きっと……気のせいだ。
それから、いつものうちのマンションの前に着くまで、お互い何も喋らなかった。

「じゃあ。……ありがとうございました」

車が停まるとすぐさま私はドアを開け、振り返らずそう言う。

「あぁ。お大事に……」

重苦しい空気の車内に主任の沈んだ声が響き、私は「はい」とだけ言ってドアを閉めた。

本当は、きっと彼女に早く会えて嬉しいんでしょう?

歩きながらそんなことを考えると、私は涙を堪えきれなくなっていた。
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