貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
午後から、私でもわかるくらい創ちゃんは機嫌が良かった。隣から清田さんが「川村君、何かいいことあったのかな?」と私に耳打ちするくらいに。

そんなに……さっきの報告が上手くいったのが嬉しかったのだろうか?

私は創ちゃんの横顔を盗み見しながらそんなことを思っていた。

仕事はなんのトラブルもなく無事定時を迎え、創ちゃんはさっさと机の上を片付けている。今日は一緒に近くでご飯を食べて帰ろうと言うことになっているからだ。

「帰るぞ?」

まだモタモタしている私に創ちゃんは言う。

「あ、ちょっと待ってください!」

筆記具を適当に引き出しにしまい、パソコンの電源を落とし、机の下からカバンを引っ張り出す。

「主任~! 朝木さーん!」

立ち上がると、向こうから私達を呼ぶ声がした。

「なんだ宮内。騒々しい」

創ちゃんは呆れたようにそう言っている。

「え~? せっかくお土産渡そうと思ったのに~!」

不満気にそう言いながら、宮内さんはまず小さな箱を私に差し出した。

「はい。実家帰ってたからお土産」
「ありがとうございます」

受け取ったのは、魚の名前のついたパイだ。どこのお土産だったっけ?

「はい、主任。食べないなら誰かに……彼女にでもあげてくださいよ」

屈託なく笑いながら宮内さんは言う。きっと創ちゃんが甘いものを食べないことを知っているのだろう。

「そうか……。ほら」

しばらく眺めたかと思うと、創ちゃんはすでに同じものを持っていた私にそれを握らせた。

「へっ?」

私が驚いて見上げると、創ちゃんは不思議そうな顔をしていた。

「やだなぁ主任! いくら朝木さんがお菓子好きでも2つはいらないでしょ?」

今度は宮内さんが呆れたように返していると、創ちゃんは宮内さんに向いて口を開いた。

「彼女にやれと言ったのはお前だろう」

淡々とそう言う創ちゃんに、私も宮内さんも、何を言われたのかしばらく理解できなかった。

「帰るぞ?」

口を開きっぱなしにした宮内さんをそのままに、創ちゃんは私の背中を押した。

「じゃ、じゃあ……お先に失礼します」

そして、私達がかなり離れてから、宮内さんの「えっ? えぇ~⁈」と言う叫び声が聞こえてきたのだった。
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