貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
それから、会社への行き帰りはいつも一緒だった。

たいてい、行きは早めに家を出て、会社近くで朝ご飯を食べるか、何か作って行って会社で食べるか。帰りは創ちゃんだけ残業の日もあったけど、ほぼ私に合わせて早めに出ていた。

もちろん、会社ではみんな遠巻きにヒソヒソだ。面と向かって創ちゃんに聞いてくる人はいない。私にはまぁ……数人いたけど。そしてたいがいこれだった。

「朝木さん、川村主任と付き合ってるの? 何か弱みでも握られた?」

さすがにちょっと失礼じゃ……と思いながら、私は否定も肯定もせず笑って誤魔化していた。

それにしても、社長達に婚約を伝えてから早いもので3週間近く経つ。いくら信憑性を高めるためとは言え、こうも毎日会う必要があったのかな?と思う。平日だけじゃなく、休日も、だ。ただし、木曜日の夜以外。

木曜日が……彼女さんとのデートの日、なのかな?

そう思ったりもするが、それ以外の日のほぼ全てを私に使っているのは謎だ。
もちろん私から『会いませんか?』とか、『どこか行きませんか?』なんて言ったことはない。なのに、創ちゃんは当たり前のように、休日にも私を誘ってくれた。

「暑いですね」
「だな」

5月最後の土曜日。
もう夏の気配すら感じる昼間。私達は遠出して、ファミリー向けの牧場に遊びに来ていた。

「本当にここでよかったんですか?」

手を繋いで歩くことも、今では当たり前のようになっている。私は隣に並ぶ創ちゃんを見上げて尋ねると、すっかり見慣れたオフ仕様の創ちゃんがこちらを見た。

「なんでだ?」
「えっと。私が楽しいところばっかりだし、いいのかなって」

創ちゃんは、なぜか私が行きたいと思っているところを挙げては連れて行ってくれる。緑が多くて楽しめる場所や、美味しいスイーツの店。どう考えても創ちゃんの趣味じゃなさそうで、なんだかとても申し訳なく思うのだ。

「いいに決まってる。お前となら俺はどこでも楽しい」

そう言って笑みを浮かべる創ちゃんに、私は恥ずかしくなり顔を背ける。

けど、握った手に力を込めると、応えるように握り返してくれるその手を、私は離したくなかった。
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