貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
「与織子ちゃん、私のこと知ってたんだ」

座り込んだ私と目線を合わすようにしゃがんだ枚田さんは、少し驚いているようだ。確かに、枚田さんのことを知ったのは偶然だ。前に姿を見かけなければ、どこかで見たことある人だな、で終わっていたはずだ。

「あ……の。前にホテルでお見かけしたときに周りのかたが枚田さんのことをお話しされてて、それで……」

私は正直にそう答える。

「そうなんだ。私のことは秘密にしてたからちょっと驚いちゃった。でも、バレちゃったんなら仕方ないわね」

あっけらかんとした表情で枚田さんは笑っている。そんな表情でさえ大人の女性で、私なんて到底太刀打ちできそうにない。そんなことを考えている自分が嫌になってしまいそうだ。

「枚田さんが……鶴さんなんですよね?」
「あ、澪って呼んで? で、鶴さん? そう言われてたんだっけ。そう。ごめんね? 色々事情があって今まで正体を明かせなくって」
「そうですか……」

明るい表情を見せる澪さんに対し、暗い表情の私。すべて事情を知っている澪さんと、何も知らない私。

「それより与織子ちゃん。大丈夫? 顔色もよくないし。それで早退してきたの?」
「はい。……すみません、ちょっと寝たら良くなると思います」

そう言ってバッグを手にして顔を上げた先には、心配そうに私を見る澪さんの顔がある。現役時代とあまり変わらない、ショートボブの似合う凛々しい人。テレビで見かけたとき、その格好良さに目を惹かれた覚えがある。今もそれは変わらない。

きっと、創ちゃんと並んだらお似合いだ。私と違って。だから……

「澪さん。すみません、私。事情も知らないまま主任をお借りしてしまって。だから、お返しします」

バッグを手に立ち上がると一息にそう言って頭を下げ、私は澪さんの顔を見ないままその場をあとにした。
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