貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
私が主任に向かってそう返事をすると、宮内さんから残念そうな声が聞こえてきた。

「10時って早いなぁ。じゃあ、今度はもっと早い時間に誘うから。また飲もうね」

社交辞令だと思うけど、私はそれに「はい。ありがとうございます」と返してペコリと頭を下げる。

「行くぞ」

そんな私を横目に、さっさと主任は席を離れて行ってしまう。

「じゃあ、失礼します」

そう言うと私は主任の背中を追いかけた。

この店はビルの中にあって、私達はエレベーターホールに向かっていた。

「あの……、主任。本当によかったんですか?」

上がって来るエレベーターの表示を見上げている主任に、私は隣からそう声をかける。

「何が?」
「いえ。私の帰りに付き合わせたんじゃ……」

チーンと音がして、古びたエレベーターの扉が音を立てて開くと、私達はそれに乗り込む。主任は階数ボタンを押すと、背を向けたまま私の問いに答えた。

「実家に帰るのは本当だ。気にすることはない」

主任と知り合って1週間。本当に素っ気ない人だけど、もしかしたら優しい人なのかも知れないな、とその背中を見ながら私は思った。
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