貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
私はそう答えて慌てて反対を向く。ちょっと格好いいかも、なんて思ってしまったのは秘密にしたい。主任はいつも長めの前髪を無造作に垂らして、顔を隠すように黒縁眼鏡をかけているから、そんなにマジマジと見ることなんてなかったけど、こんな至近距離の密室で目に入った主任の横顔は、思ってた以上に整っていた。

何考えてるんだ……私は

思わず熱くなった頰を覚ますように両手を当てていると、車は地下から地上に上がった。

「家に連絡入れなくていいのか?車だと15分ほどで着くぞ?」

前を向いたままハンドルを握る主任にそう投げかけられ、私は我に返る。

「は、はいっ!今から連絡します!」

緊張状態で姿勢を正して私が答えると、隣から「フッ」と小さく聞こえてくる。

「笑わないで下さい!」

横をチラ見すると、主任の口元は明らかに笑っているように見える。

「笑ってない」

そう言いながらも、その声すら笑いが含まれていて「笑ってます!」と思わず返す。

「いいから、早く連絡しろ。家族が心配するだろ」

 赤信号に引っかかりブレーキをかけてから、主任はこちらを向いてそう言う。外の光に照らされ浮かび上がったその顔は、なんだかとても優しい顔をしていた。
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