貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
キ……キスされる⁈なんて思って私がギュッと目を閉じると、右側からカチャリと軽い音がして、左側からガチャリとドアの開く音が聞こえてきた。そして最後に、かなりの至近距離から主任の溜め息が聞こえてきた。

「着いたぞ?降りないのか?」

目の前から主任の気配が消えると、私は恐る恐る目を開ける。シートベルトは緩んでいて、ドアも少し開いている。

「おお降ります!」

自分の勘違いっぷりに一人で恥ずかしくなりながら私は答えた。
そんな私に、主任は呆れたようにまた、軽く溜め息を吐く。

「悪かったな、遅くまで。明日は休みだ。ゆっくり休め」
「はい。ありがとうございます。……主任も、ゆっくりしてください」

私はそう言うと車を降りる。

「送ってくださってありがとうございました。おやすみなさい」

外から運転席を覗き込んで私が言うと、主任は少し表情を緩めて「あぁ。おやすみ」と口にした。

そのまま扉を締め、歩道に上がると車はゆっくり動き出す。私はその車のテールランプをしばらく見送っていた。

そして、「帰ろ」とマンションのエントランスのほうを向くと、なんでだか怖~い顔をした、いっちゃんがそこに立っていた。
< 66 / 241 >

この作品をシェア

pagetop