貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

有名人だったのか、ともう一度振り返って見てみようと思ったとき、私の視界には、有名人よりよく知った人の姿が飛び込んできた。

「へっ⁈」

驚きすぎて、思わず立ち上がってしまう。そんな私をいっちゃんは「どうかしたか？」と訝しげに見上げていて、もちろん、目の前の人も同じように顔を顰めていた。

いつもと雰囲気は全く違う。違うけど、間違いないはずだ。他人の空似と言うには似過ぎている。

そしてその人は、「朝木……なんでこんなところに」と呟く。

そしてそれに私も同じように返す。

「主任こそ！」

私の目の前には、トレードマーク的な黒縁眼鏡もせず、鬱陶しげな前髪も軽く後ろに撫で上げて、爽やかなイケメンと化した主任が立っていた。

いっちゃんはちょうど通路に背を向けて座っていたからか、主任の姿は見えていなかったようだ。私の言葉に「主任？」と振り返り、その人を確認するように見上げると、何故か一瞬眉を顰めた。でも、すぐに柔かに笑顔を作ると立ち上がった。

「どうも、初めまして。与織子の兄の一矢です。いつもお世話になっているようで、色々と話は伺っていますよ？　昨日残業後に送っていただいたとか」

明らかに演技掛かった笑顔でそう言いながらいっちゃんは右手を差し出す。私はその様子をハラハラしながら見守っていた。どうみても、主任は不愉快そうにいっちゃんを見てるし、みー君に続き、２人の間に火花が散っているように見えたから。