貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
うちの兄達は私の上司に恨みでもあるのだろうか……

主任は渋々と言った様子でいっちゃんと握手を交わすと口を開いた。

「主任の川村です。昨日は遅くまで残業させてしまい申し訳ございません。今日は疲れただろうから家でゆっくりされていると思ったのですが、こんなところに来る体力が残っていて何よりです」

主任はおそらくそこで握った手に力を込めたのだろう。いっちゃんは顔を顰めていた。それより、何なのだろう? 主任は私に嫌味の一つでも言いたいのだろうか。ゆっくり休めと言われたのに遊んでいる私に対して。

「なーに。与織子はまだ若いですから。楽しみにしていたスイーツが食べられるなら、これくらい平気ですよ。」

当事者の私を置いてけぼりにして、いっちゃんは嫌味っぽく返している。と言うか、人の上司にこれ以上喧嘩を売るのは止めて欲しい。

「しゅ、主任は、何をされてたんですか?」

話題をぶった斬ろうと、私が口を挟むと2人して私のほうを見て、そして握っていた手をようやく離した。

「野暮用だ。別に言うほどのことじゃない」

相変わらず素っ気ないが、今日は顔がよく見えるからか、いつもより凄味が増している気がする。

「……すみません」

そりゃ、プライベートなことを尋ねられたらいい気分でもないだろう。私は小さくなって謝ると、主任から溜め息が漏れた。

「謝ることでもない。普段世話になってるやつと食事に来ただけだ。予定をドタキャンされたみたいだから仕方なく、だ」

主任が私に向かってそう言っている横で、いっちゃんは何故かそっぽを向いて怖い顔をしている。

「そ、そうなんですね。お引き止めしてすみませんでした」

私が取り繕うようにそう言うと、主任は「あぁ。また来週」とだけ言い、そのまま去って行った。
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