青い星を君に捧げる【弐】
暖かなものが私を包み込んでいて、目をひらけば眩しい光が飛び込んできた。何かがぽっかりと抜け落ちたような感覚が私を寂しくさせる。


「…あっ!!目を覚ましたのか!?」


布団のそばに置いてある座椅子に座ってうつらうつらと寝ていた幼馴染ー阿久津匡ーが私の顔を覗き込んだ。


「…きょっ」

声が掠れて思うように音が出ない。なんで…。それになぜ彼はそんなに焦っているのか…聞けば私は崖から落ちて数日意識不明だったらしい。


そしてさらにわかったことは私は小学一年生の6月から今までの記憶がなかった。医者によれば頭を強く打ったせいではないか、と言われた。


「あの数ヶ月の記憶は…ないほうがいいかもしれない」


匡は私の手を握って辛そうに言った。私が1番に信頼している彼がそう言うなら忘れた方がいいこともあるのかもなと思った。


「失礼します、当主様がお呼びです。百合の姫と匡様、お二人でとのことです」


乳母である卯ノ花雅が静かに部屋に入ってきた。彼女もまた私が目を覚ました時に泣いて喜んでくれた。


雅に着付けてもらい、匡に手を引かれながら本邸へと足を運んだ。相変わらず息が詰まる場所。早く事を済ませて百合の宮に帰りたい。


部屋に二人揃って入れば父が肘掛けに寄りかかり、たいそう面倒くさそうに私たちを見下した。


「……お前の名前はなんだ」


突然何を言うのだろうこの方は。だけど機嫌を損ねてはいけないと脳が警告してきてすぐに私は答えた。


「“リリィ”です。リリィ・キャベンディッシュ」


戸籍に登録されている苗字はおそらく本郷だろうけど、本郷家の人間だと知られずらくするために母方の苗字を使わせれていた。そのほうが見た目との相性もいいし。


「その名前は今から捨てろ。これからお前は“本郷波瑠”として生きていけ。そして百合ではなく朧月の姫だ」


本郷波瑠として生きていく…?波瑠は一個下にいる腹違いの妹だ。体が弱く、いつもとこに伏せている。


彼女は本邸に住んでいる。私とは違って当主様からの愛をもらって何不自由なく幸せに生きてる。


「なんでそんなことを!!」


隣に座る匡が珍しく怒っている。自身のことでもないのに、私のために。そんな匡の行動にも興味を示さず父はグラスに入った水で喉を潤す。


「やれと言ったらやるんだ」


「…はい。承知いたしました」


もういいよ、と匡の手に自分の手を重ねた。私がこの家で生きていくためにはこの人の命令を聞かなければならない。それがどんな事であっても。
< 19 / 154 >

この作品をシェア

pagetop