青い星を君に捧げる【弐】
「いやねえ…君に興味があってね」

ハオさんは湊に負けず劣らないその綺麗な顔を私に向ける。彼は細く微笑み、ぎらりと瞳を光らせた。


「俺と一緒に作りませんか…“桃源郷”」


「桃源郷?」

「知りませんか、桃花源記」

『桃花源記』それは漁師の男が世間から断絶された誰もが羨む理想郷に桃の香に誘われて迷い込んむ話。古典を勉強している者なら教科書に載ってるレベルの有名な話である。


「“桃”の甘い香りに誘われてやってきた君とは馬が合いそうだ。俺はね、この争いで溢れた世界から断絶された桃源郷を作りたいんだよ」


ハオさんは楽しそうに、しかし狂気を含んだ笑みを浮かべながら桃源郷計画を語り出した。


「まずは俺の理想に当てはまる人類の選別。外れてしまったやつは…即処刑」


目の前の男はばーんと指で作ったピストルで自らの頭を撃ち抜く仕草をする。


こいつはやばい。近づきすぎると引き込まれる。

そう私の本能が訴える。右足が後ずさって木の根に踵が当たった。


「その第一歩として人を導く桃を手に入れた。そしてそれに導かれた君は合格です。… …共に生きよう、理想郷で」


伸ばされた手を躊躇なく弾いた。よろめいたハオさんは赤くなった手の甲を撫でる。


私がハオさんを問い詰めようと口を開いた時だった。遠くで私の名前を呼ぶ声がした。湊…?と一瞬ハオさんから目を逸らしたとき、右手を引かれ耳元に彼の唇が寄る。


「君をもう少し揺すろうとしましたがタイムオーバーのようですね。…それではまた"masquerade"で。いい夜を」


私の横を通りさらに木の向こう側、施設の渡り廊下へと姿を消したハオさん。それを見ていれば息を乱して私の元へと走ってくるのは湊だった。


機嫌が悪そうに眉間に皺を寄せて私に車に置いてきたはずの武器などを押し付ける。落とさないように慌てて腕を広げて受け取れば、湊はさっさと準備しろと急かす。


「ど、どうしたっていうの。まだ出発には早いんじゃ…?」


「色々あんだよ。もうすぐでここは攻め込まれる。その前にお前は逃げろ」


手際よく準備している中、彼を見ると確かに先ほど解いたはずの武装が元通りになっている。終わったことを伝える前に湊が走り出し、遅れをとるわけにもいかず続いて走る。


「私、湊に伝えなきゃいけないことがっ!!ハオさんg」


「それはまたいつか聞く。今は自分のことだけ考えろ」


施設の裏門に停められていた車の後部座席は開いていて、湊に背中を押され流れるように車内に入る。湊の分のスペースを作るために奥に行こうとしたとき、強くドアが閉められた。
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