青い星を君に捧げる【弐】
ちょうどシャンパンの最後の一口を飲み終えた時、奏でられていたオーケストラの雰囲気がガラリと変化する。

この仮面舞踏会の定番なのか人々が動き出し、誰が声がけをするとかでもなくダンスパートが始まった。


誰か声をかけてくれるだろうか…、近くの女性たちが声をかけられ手を引かれていく。その時コツコツ、と私の背後から近づく足音。


振り返ると同時に、歩み寄ってきていた男はお辞儀した。普通なら名前を言わなければならないが、ここはマスカレードである。


「俺と踊りませんか」


仮面で顔の半分は隠れているものの、柔らかい印象になるよう笑顔で頷いてそのお誘いに承諾した。男は右腕を出し、私は左腕を絡ませる。


____ほんっとこの男は…


シャンデリアの優しい灯りに照らされる髪。仮面では隠しきれない、奥に潜むその瞳。この場にいる女性たちを釘付けにする美しさ。


今の私は波瑠の髪色では無いから私だとは気づかれてはいないと思う。彼に。


____風間湊に



フロアの端の空いているところにエスコートされ、ぐいと腰を引かれる。一気に距離が近づいた。始めは優雅な音楽と私に合わせてステップから踊り、私の余裕を感じ取ったのかさらにリードする。


なんで、ただの一般人であるはずの彼がダンスを踊れるのだろう。彼こそ無縁の域でありそうなのに。


私に合わせるようにドレスの裾も踊る。元々近かった距離が湊が顔を近づけたことによってより接近する。


「幸せとは長くは続かない。そうは思わないか?」


ゆったりとした踊りが続く中、湊が言った。悲しげな菫青石の瞳が揺れる。


「それでも私たち人間は幸せを求めて生きずにはいられない」


私は彼の言葉を否定した。手を取られ、一回転。そこで私たち2人は動きを停めた。まわりとは断絶された空間のようだった。


「俺は……6月も8月も嫌いだ。あなたのような傾国の華が俺の心の中で遊んで、そして全てを盗んで、姿を消した」


静止している私たちを邪魔そうに避けながら男女が舞う。さっきまで聞こえていた雑踏がだんだん聞こえなくなる。

彼の声だけが世界で響いているように、ただ鮮明に聞こえてきた。


何の話をしているのかさっぱり分からない。だけど、心の奥底、鎖された記憶が泣いている。


ドッドッド


いつになく心音が鳴っていた。


「俺は、彼女と同じ未来を歩むために今ここにいる」


湊に掴まれていた手がするりと抜け落ち、私の頬を包む。彼の人差し指がかたりと私の仮面に触れた。
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