島津くんしっかりしてください
琴音はすっかり鹿島先輩を気に入ったようで、抱っこまでしてもらってご機嫌だ。






「先輩、すみません。辛くなったら言ってくださいね」



「大丈夫だよ。……懐かしいな」






そう言って細められた瞳は、黒色で。






……やっぱり、見間違い。






「え?」



「何でもないよー。さっ、全員揃ったし、さっそく遊び始めますかー!」






先輩はみんなの方へと向き直り、そう声をかけた。






話を逸らされた。 







それはわかっていたけど、本人が言いたくないことを深入りするのは悪趣味だと思って、今回は自ら流されることにした。







予定としては、今から花火が始まるまでは自由行動ということだったけど。


これからどうしよう。





遊びますかーなんて声をかけられても、お祭りに来る経験があまりなかった私は一人ぽつんと立ち尽くしたまま。






いや、正確にはもう一人、孤高の王子様が横に。






島津くんは人混みに怯えつつも、出店にキラキラと瞳を輝かせていて。






周りの委員会の人たちはとっくに友達同士で固まって行動していて、その場にいたのは私と島津くんの二人だけ。







「……はぁ。一緒に回る?」






優等生で優しい『私』は、きっとこう声をかけるだろう。






嫌々絞り出した声。






それに気が付いたのか、島津くんは困ったような顔をして、それから恐る恐るといった様子で頷いた。






「う……うん」



「何したいの?」



「あ、えっと……綿菓子を食べる、とか?」







島津くんが首を傾げつつ言うので、近くにあった出店で綿菓子を買い与える。






「はい、これ」



「え……と、真見さんは買わないの?」



「私は甘いもの得意じゃないから」



「そうなんだ……」






って言ったっきり、沈黙。






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