島津くんしっかりしてください
「……鞠姉」




「——……っ」









呼びかけると、鞠姉は驚いたように肩を震わせ、そろりとこちらに視線を流した。











「……陽くん? 来てたの?」



「うん、ちょっと前から」





「早く呼んでくれたらよかったのに……恥ずかしいでしょ?」









唇を尖らせて、そういう鞠姉。







恥ずかしい?……そんなわけがない。









こんなにもすごい歌が歌えるんだから。










「……鞠姉って、歌上手かったんだね」






無難にそう続けると、鞠姉はあぁ、と目を地面に伏せた。






それから数秒思巡して、ぽつりと漏らす。









「……私、もともと歌手になりたかったんだ」




「え、そうなの」







それは初耳だった。







今まで、一度も聞いたことがない。









全然、知らなかった。






鞠姉が歌えるってことも、全部。










「知らなくて当然だよ。陽くんがこっちに越してくる前に歌うのやめちゃったもん」




「そうなんだ……」









そう、俺は生まれつき鞠姉と一輝と幼馴染だったわけではない。






俺だけが小さい頃に二人が住んでいた街に引っ越してきたのだ。







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