愛でて育てたあの子は、いつしか私に優しい牙を剥く
2.二十歳の誕生日
「龍斗、あなたいいかげん大学の近くに部屋でも借りなさいよ。毎日1時間かけて行くの大変でしょ?寮とかなかったっけ?」
親友の愛息子は、私の傍ですくすくと成長し、今や165㎝程ある私でも、見上げるほどに大きくなった。
長身で太れない体質は父親に似て、色白で彫刻のような端正な顔立ちは、母親譲りである。
綺麗な顔には似合わず、脱げばそれなりに鍛えられた肉体をも持ち合わせている。
親友夫婦よ、あなたたちの息子は、親代わりの私から見ても、引け目なく十分なほど、自慢の子に育ってくれたわよ。
「寮は市外県外から来てる奴ら優先なんだってば」
リビングのソファーに乗せた、リュックの中身を確認しながら、龍斗が答えた。
「そうだっけ?」
リビングと一続きになった、対面キッチンのカウンターで、コポコポとコーヒーメーカーから、沸かしたてのコーヒーをカップに注ぎながら、頭を傾げた。
「そうだよ、こないだも言ったじゃん!それに、この家に遥ちゃん一人残すわけにいかないしさ」
「何言ってんの。私、まだ介護は必要ないわよ?いくつだと思ってんのよ」
「来年40」
そこだけは顔を上げて、なぜか勝ち誇ったような表情でこちらを向くと、龍斗がニコっと笑った。
「なんで四捨五入するかな。まだ39歳と言いなさい!大体40目前の親のことなんか心配してないで、龍は自分のこと考えなさいよ」
ふぅっと湯気の立つコーヒーに息を吹き掛けてから、ズズっと熱いコーヒーを啜る。
「介護じゃなくてさ、遥ちゃん仕事もできるし、綺麗なんだから、変な男に漬け込まれたりしたら大変だろ?男見る目ないんだから、お目付け役の俺がいないとさ」
龍斗が、今度はわざとニヒルな顔を向けて見せる。
「何よ、その顔」
どんな表情をしても、様になってしまうのだから困ったものだ。
「そもそもねえ、なんで、男見る目ないなんてあなたに言われなきゃなんないのよ。いいかげん親離れしなさいよね。大学生ならねえ、もっとやりたい放題したらどうなの?!ここにいたら彼女も作れないでしょ」
「俺、女に興味ないし」
拗ねたように答えるその声を、思わず可愛いと思ってしまったが、すかさずその意図をおもんばかって慌てた。
「興味ないって…えっ?!…あ…えと…あ!そういうこと…?!ごめん、私全然気付かなくて!やだ、私…」
「違うしっ!!違う違う!そうじゃなくて!別に他の女に興味ないってこと」
慌てる私につられるように、龍斗も両手を顔の前で振ってそれを否定した。
「他の女って?どういう意味よ?」
一瞬、龍斗がしまった!という顔になった気がしたが、すぐにいつもの表情に戻ったので、さほど気にはしなかった。
「いや、何でもない。とにかく今は彼女とか作る気ないから。じゃ、行ってくる!」
確認し終えたリュックを背負いながら玄関に向かうと、先日バイト代で買った真新しいスニーカーに足を踏み入れ、龍斗がしゃがんで靴紐を結ぶ。
「あ、ちゃんと覚えてる?今日、18時だからね!私は会社から直接行くから。いつものお店の前で待ち合わせね!」
「了解」
その背中に向かって声を掛けると、龍斗が素っ気ない返事だけを残して、朝一の講義を受けるために玄関をあとにした。
自分の祝い事なのに、ちっとも嬉しそうに見えないのが些か不服だったが、それも仕方のないことなのかと諦めてもいた。
二十歳にもなれば、親に誕生日を祝ってもらうなんて恥ずかしいのかもしれないな。
ましてや男の子だし。
その時の私は、呑気にそんなことを考えていた。
龍斗がこの時、どんな気持ちをその胸に抱えていたかなんて、知る由もなく。
親友の愛息子は、私の傍ですくすくと成長し、今や165㎝程ある私でも、見上げるほどに大きくなった。
長身で太れない体質は父親に似て、色白で彫刻のような端正な顔立ちは、母親譲りである。
綺麗な顔には似合わず、脱げばそれなりに鍛えられた肉体をも持ち合わせている。
親友夫婦よ、あなたたちの息子は、親代わりの私から見ても、引け目なく十分なほど、自慢の子に育ってくれたわよ。
「寮は市外県外から来てる奴ら優先なんだってば」
リビングのソファーに乗せた、リュックの中身を確認しながら、龍斗が答えた。
「そうだっけ?」
リビングと一続きになった、対面キッチンのカウンターで、コポコポとコーヒーメーカーから、沸かしたてのコーヒーをカップに注ぎながら、頭を傾げた。
「そうだよ、こないだも言ったじゃん!それに、この家に遥ちゃん一人残すわけにいかないしさ」
「何言ってんの。私、まだ介護は必要ないわよ?いくつだと思ってんのよ」
「来年40」
そこだけは顔を上げて、なぜか勝ち誇ったような表情でこちらを向くと、龍斗がニコっと笑った。
「なんで四捨五入するかな。まだ39歳と言いなさい!大体40目前の親のことなんか心配してないで、龍は自分のこと考えなさいよ」
ふぅっと湯気の立つコーヒーに息を吹き掛けてから、ズズっと熱いコーヒーを啜る。
「介護じゃなくてさ、遥ちゃん仕事もできるし、綺麗なんだから、変な男に漬け込まれたりしたら大変だろ?男見る目ないんだから、お目付け役の俺がいないとさ」
龍斗が、今度はわざとニヒルな顔を向けて見せる。
「何よ、その顔」
どんな表情をしても、様になってしまうのだから困ったものだ。
「そもそもねえ、なんで、男見る目ないなんてあなたに言われなきゃなんないのよ。いいかげん親離れしなさいよね。大学生ならねえ、もっとやりたい放題したらどうなの?!ここにいたら彼女も作れないでしょ」
「俺、女に興味ないし」
拗ねたように答えるその声を、思わず可愛いと思ってしまったが、すかさずその意図をおもんばかって慌てた。
「興味ないって…えっ?!…あ…えと…あ!そういうこと…?!ごめん、私全然気付かなくて!やだ、私…」
「違うしっ!!違う違う!そうじゃなくて!別に他の女に興味ないってこと」
慌てる私につられるように、龍斗も両手を顔の前で振ってそれを否定した。
「他の女って?どういう意味よ?」
一瞬、龍斗がしまった!という顔になった気がしたが、すぐにいつもの表情に戻ったので、さほど気にはしなかった。
「いや、何でもない。とにかく今は彼女とか作る気ないから。じゃ、行ってくる!」
確認し終えたリュックを背負いながら玄関に向かうと、先日バイト代で買った真新しいスニーカーに足を踏み入れ、龍斗がしゃがんで靴紐を結ぶ。
「あ、ちゃんと覚えてる?今日、18時だからね!私は会社から直接行くから。いつものお店の前で待ち合わせね!」
「了解」
その背中に向かって声を掛けると、龍斗が素っ気ない返事だけを残して、朝一の講義を受けるために玄関をあとにした。
自分の祝い事なのに、ちっとも嬉しそうに見えないのが些か不服だったが、それも仕方のないことなのかと諦めてもいた。
二十歳にもなれば、親に誕生日を祝ってもらうなんて恥ずかしいのかもしれないな。
ましてや男の子だし。
その時の私は、呑気にそんなことを考えていた。
龍斗がこの時、どんな気持ちをその胸に抱えていたかなんて、知る由もなく。