死に戻り皇帝の契約妃〜契約妃の筈が溺愛されてます!?〜
24.何のために?
それから数日間は、殆ど寝たきりの生活だった。
口内が痺れているせいで、水分を摂るのもやっとのこと。侍女たちが数人がかりで身体を支えて飲ませてくれた。
だけど、そのメンバーにカミラはいない。どうしてか尋ねると、今回の件で取り調べを受けているからだという。
「カミラはきっと、犯人じゃありません」
夜、金剛宮を訪れたアーネスト様にそう伝える。
「取り調べのこと、聞いたんだね」
そう言ってアーネスト様はベッドの縁に座った。
仕事がひと段落したと話していたのに、随分と疲れ切った表情だ。わたしのせいで余計な仕事を増やしたのではないかと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「――――また余計なこと考えてるだろう?」
わたしの気持ちを読み取ったのか、アーネスト様がそう尋ねる。唇が不服げに尖っていた。
「余計なことだなんて、そんなことは……」
「俺の心配は良いから。ミーナは今は、自分の身体を治すことを考えて。その方がずっと俺のためになる」
両頬を軽く摘まみ、アーネスト様は困ったように笑う。
「言っとくけど、ミーナが『来るな』って言っても、俺はここに来るし、大変だとか迷惑だとか全く思っていないよ。全部俺が勝手にしていることだ」
そんな風に言われてしまったら、何も言えない。黙ってコクリと頷いた。
「――――顔色がまだ悪いね」
そう言って、アーネスト様はわたしの頬をそっと撫でる。
浮腫みは徐々に引いてきたものの、顔色は未だ悪いらしい。侍女曰く『土気色』をしているのだそうで、怖くて鏡を見られていない。そんな酷い顔をアーネスト様に晒していると思うと物凄く嫌なのだけど、言えばきっと怒られてしまうだろう。心にそっと秘めている。
「カミラのことは近々釈放するよ」
「本当ですか?」
「うん。まだ調査中だけど、毒が仕込まれていたのはカップやお湯ではなくて茶葉の方だったらしい。カミラはその茶葉を『ある人』から貰ったと話しているんだ」
アーネスト様が目を伏せる。周囲の反応から、今回の件の黒幕が誰なのか、わたしも薄々察していた。
「ソフィア様……なのですね?」
「ああ。夜会での非礼を詫びるためと言われ、受け取ったらしい。ただ――――」
そう言ってアーネスト様は押し黙る。彼にしては珍しい。気になって身を乗り出すと「こら」と、ベッドに押し戻されてしまった。
「ソフィアのことは必ず処罰する。現状、しらを切っているようだが、あの女は本人が思っているほど賢くはない。いつか必ずぼろを出す。確たる証拠を上げて適切に裁くから、今しばらく待って欲しい」
アーネスト様はそう言うと、わたしに向かって頭を下げた。
「やっ……止めてください、アーネスト様! そんな」
「俺はね、ソフィアが『自分は絶対罪に問われない』と思っていることが許せない。相手がミーナだから――――そう考えているのが分かるから」
そう言ってアーネスト様は声を震わせる。
「妃同士で毒を盛る……そういうこと、後宮では割とあることなんだ。けれど、処分されるのはいつも、主人から良いように使われた実行犯か、知らない間に片棒を担がされた罪のない人ばかりだ。ミーナが、俺を殺した容疑で断罪されたあの時のように」
「え……?」
その時になって初めて、アーネスト様があの時のことを――――わたしが彼を殺した罪で処刑されたことを、酷く気に病んでいたのだと気づいた。
「……わたしのために怒ってくださるんですか?」
「当たり前だ。今回のことも、一度目で俺が死んだときのことも――――俺は本気で怒っている。そういう国であることが恥ずかしくて堪らない。だから、どんなことをしてでも、ソフィアには必ず罪を償ってもらう。皇帝アーネストの名に賭けて」
力強い言葉。わたしは思わず目を細める。
「さてと」
アーネスト様はそう言って、わたしの隣に横になった。鼓動が途端に早くなる。
騒動で流れてしまったけど、こうして意識のある状態で隣に並んで眠るのは、これが初めてだ。
(唐突すぎて、心の準備ができてない!)
ものの数秒前まで、全然そんな雰囲気じゃなかった。それなのに、話が一段落ついた途端これだもの。ギャップにちっとも付いていけない。
「ミーナ……緊張してる?」
アーネスト様は、悪戯っぽい笑みを浮かべてそう尋ねる。
バレていた。いや……寧ろ確信犯かもしれない。そう思うと、何だか居た堪れない気持ちになる。
「ダメ、ですか?」
布団から半分だけ顔を出して問えば、アーネスト様はクスクスと声を上げて笑う。
「ダメじゃないよ。寧ろもっとドキドキしてほしい」
そう言ってアーネスト様は、わたしの頭を彼の腕へと乗せた。枕とは違う硬くて温かな感触。顔も身体も物凄く近い。
冷え切ったわたしの身体を、アーネスト様が温めてくれる。心臓が爆発寸前だった。
「さっ、さすがにちょっと……病身には刺激が強すぎやしませんか?」
「……ダメ?」
相変わらずアーネスト様はズルい。ダメかと聞かれたら『ダメじゃない』としか言えない。
だって、ドキドキしているのは間違いないけど、すごく――――すごく嬉しいんだもの。
「少しずつ、慣れていってもらわないと」
そう言ってアーネスト様は、わたしのことを抱き締める。
(何のために?)
そんな疑問が浮かんだけど、例によって『口にしない方が身のため』の愚問だろう。意識をアーネスト様から逸らしつつ、わたしはゆっくりと深呼吸をする。
「ちゃんと、心の準備をしておいてね」
(だから、何のために⁉)
耳元でアーネスト様が笑う。最後まで、疑問は口に出さなかった。
口内が痺れているせいで、水分を摂るのもやっとのこと。侍女たちが数人がかりで身体を支えて飲ませてくれた。
だけど、そのメンバーにカミラはいない。どうしてか尋ねると、今回の件で取り調べを受けているからだという。
「カミラはきっと、犯人じゃありません」
夜、金剛宮を訪れたアーネスト様にそう伝える。
「取り調べのこと、聞いたんだね」
そう言ってアーネスト様はベッドの縁に座った。
仕事がひと段落したと話していたのに、随分と疲れ切った表情だ。わたしのせいで余計な仕事を増やしたのではないかと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「――――また余計なこと考えてるだろう?」
わたしの気持ちを読み取ったのか、アーネスト様がそう尋ねる。唇が不服げに尖っていた。
「余計なことだなんて、そんなことは……」
「俺の心配は良いから。ミーナは今は、自分の身体を治すことを考えて。その方がずっと俺のためになる」
両頬を軽く摘まみ、アーネスト様は困ったように笑う。
「言っとくけど、ミーナが『来るな』って言っても、俺はここに来るし、大変だとか迷惑だとか全く思っていないよ。全部俺が勝手にしていることだ」
そんな風に言われてしまったら、何も言えない。黙ってコクリと頷いた。
「――――顔色がまだ悪いね」
そう言って、アーネスト様はわたしの頬をそっと撫でる。
浮腫みは徐々に引いてきたものの、顔色は未だ悪いらしい。侍女曰く『土気色』をしているのだそうで、怖くて鏡を見られていない。そんな酷い顔をアーネスト様に晒していると思うと物凄く嫌なのだけど、言えばきっと怒られてしまうだろう。心にそっと秘めている。
「カミラのことは近々釈放するよ」
「本当ですか?」
「うん。まだ調査中だけど、毒が仕込まれていたのはカップやお湯ではなくて茶葉の方だったらしい。カミラはその茶葉を『ある人』から貰ったと話しているんだ」
アーネスト様が目を伏せる。周囲の反応から、今回の件の黒幕が誰なのか、わたしも薄々察していた。
「ソフィア様……なのですね?」
「ああ。夜会での非礼を詫びるためと言われ、受け取ったらしい。ただ――――」
そう言ってアーネスト様は押し黙る。彼にしては珍しい。気になって身を乗り出すと「こら」と、ベッドに押し戻されてしまった。
「ソフィアのことは必ず処罰する。現状、しらを切っているようだが、あの女は本人が思っているほど賢くはない。いつか必ずぼろを出す。確たる証拠を上げて適切に裁くから、今しばらく待って欲しい」
アーネスト様はそう言うと、わたしに向かって頭を下げた。
「やっ……止めてください、アーネスト様! そんな」
「俺はね、ソフィアが『自分は絶対罪に問われない』と思っていることが許せない。相手がミーナだから――――そう考えているのが分かるから」
そう言ってアーネスト様は声を震わせる。
「妃同士で毒を盛る……そういうこと、後宮では割とあることなんだ。けれど、処分されるのはいつも、主人から良いように使われた実行犯か、知らない間に片棒を担がされた罪のない人ばかりだ。ミーナが、俺を殺した容疑で断罪されたあの時のように」
「え……?」
その時になって初めて、アーネスト様があの時のことを――――わたしが彼を殺した罪で処刑されたことを、酷く気に病んでいたのだと気づいた。
「……わたしのために怒ってくださるんですか?」
「当たり前だ。今回のことも、一度目で俺が死んだときのことも――――俺は本気で怒っている。そういう国であることが恥ずかしくて堪らない。だから、どんなことをしてでも、ソフィアには必ず罪を償ってもらう。皇帝アーネストの名に賭けて」
力強い言葉。わたしは思わず目を細める。
「さてと」
アーネスト様はそう言って、わたしの隣に横になった。鼓動が途端に早くなる。
騒動で流れてしまったけど、こうして意識のある状態で隣に並んで眠るのは、これが初めてだ。
(唐突すぎて、心の準備ができてない!)
ものの数秒前まで、全然そんな雰囲気じゃなかった。それなのに、話が一段落ついた途端これだもの。ギャップにちっとも付いていけない。
「ミーナ……緊張してる?」
アーネスト様は、悪戯っぽい笑みを浮かべてそう尋ねる。
バレていた。いや……寧ろ確信犯かもしれない。そう思うと、何だか居た堪れない気持ちになる。
「ダメ、ですか?」
布団から半分だけ顔を出して問えば、アーネスト様はクスクスと声を上げて笑う。
「ダメじゃないよ。寧ろもっとドキドキしてほしい」
そう言ってアーネスト様は、わたしの頭を彼の腕へと乗せた。枕とは違う硬くて温かな感触。顔も身体も物凄く近い。
冷え切ったわたしの身体を、アーネスト様が温めてくれる。心臓が爆発寸前だった。
「さっ、さすがにちょっと……病身には刺激が強すぎやしませんか?」
「……ダメ?」
相変わらずアーネスト様はズルい。ダメかと聞かれたら『ダメじゃない』としか言えない。
だって、ドキドキしているのは間違いないけど、すごく――――すごく嬉しいんだもの。
「少しずつ、慣れていってもらわないと」
そう言ってアーネスト様は、わたしのことを抱き締める。
(何のために?)
そんな疑問が浮かんだけど、例によって『口にしない方が身のため』の愚問だろう。意識をアーネスト様から逸らしつつ、わたしはゆっくりと深呼吸をする。
「ちゃんと、心の準備をしておいてね」
(だから、何のために⁉)
耳元でアーネスト様が笑う。最後まで、疑問は口に出さなかった。