全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~
夫婦での最後の晩餐
「デルフィーと一緒にいられるなら……、他には何もいらない。2人で、この侯爵家を出て一緒に暮らしましょう。あなたと並ぶ幸せを知ってしまったから、もう離れるなんて考えられない。私は、あなたと共に生きて行ける未来を手に入れたいから……。それ以上に欲しいものは何もない」
アベリアは、これまでずっと抱えていた想いを、執事のデルフィーへ、やっと伝えることができた。
この日、この願いを聞き届けてもらえなければ、2度と口に出すことは無いと、強い覚悟を決めて伝えた想い。
自分の気持ちを、デルフィーへ伝えることは絶対に許されない。
そう、悩み続けていたアベリアのたった1つの願いは、デルフィーであれば、きっと叶えてくれると確信していたから。
「私の妻になってください、アベリア様。いや……アベリア」
身分違いの恋慕に思い悩んだデルフィーが、やっと自分の気持ちを伝えられた時には、彼女は既に侯爵家の後継者を身ごもっていた。
従者へ恋焦がれたアベリアだったけれど、侯爵家当主に手を握られ男の子を出産した。
そう、アベリアは侯爵夫人のままだった。
他には何もいらないと言ったアベリア。
だけど、彼女は、最愛のデルフィーだけを手に入れる事はなかった。
アベリアは、彼女の事を溺愛し、ちょっとだけ意地悪好きな夫に甘やかされ、全ての貴族達から敬られる侯爵と共に、侯爵領をこの国で一番豊かな地へと変化させた。
****
冷え切った新婚夫婦の晩餐。
そこには、カトラリーが皿に触れて発する、カチャッカチャッという音だけが、食堂中に響き渡っていた。
アベリアとヘイワード侯爵の2人は、夫婦と言えど形だけ。
お互いを見つめることはおろか、視線を向ける事も無く、ただ、それぞれの空腹だけを満たすだけ。
夫婦の晩餐とは、毎日、義務的に処理する時間だった。
この日の晩餐は、アベリアの好きなムール貝とエビのバターソテー。行儀が悪いと思いつつも、そればかりを夢中になって食べていた。
アベリアの舌は、まだまだそれに名残惜しさを感じていたけど半分まで食べたところで、スープに手を伸ばした。
まだ初夏のこの時期に、とうもろこしはまだ旬とは言えない。それでも、裏ごしされて山羊のミルクを加えたスープは、ほんのり甘くて濃厚な風味が口に広がる――……はずだった。
でも……、何かが違うと、アベリアの動きが止まる。違和感の原因に気が付き、全身の血の気が引くのと同時に広がった鳥肌。
アベリアは、瞬時に思考を巡らせて、今、自分が置かれている状況を理解した。
この時はまだ、自分の事を忌み嫌っている、書面上の夫が、結婚1年にして最後の手段に出てきたのだと思っていた。
潤んだ瞳から涙がこぼれないよう、慌てて目をつぶり、自分の気持ちを噛み殺していた。
アベリアは、意識的に閉じた瞼を持ち上げた。その時には、直前まで感じていた、悲しさや恐怖心、不安もかき消し、アベリアは不敵な笑みを浮かべていた。
アベリアは2口目のスープを口元へ運ぶ振りをしながら、長い食台の向かい側に座る夫のケビンを下から掬い上げる様に見つめていた。
「――なんだアベリア。俺に何か言いたいことでもあるのか? お前のその吊り上がった目を見るだけで食欲が失せる。こちらを見るな」
「ふっ、――左様ですか。私の顔がヘイワード侯爵をご不快にさせて申し訳ありません。ただ、日中に目を通しておりました、飼料の仕入れ値について申し上げたいことがありましたので」
妻であるにも関わらず夫の名前を呼ぶことを許されないアベリアは、この邸の従者よりも距離のある呼び方をしなくてはいけなかった。そのことに、結婚当初は戸惑ったアベリアだけど、今ではすっかり慣れてしまい、この距離感が心地よくなっていた。
「女のくせに、我が家の事業に口を出すなと言っているのが、まだ分からんのか? お前のような可愛げのない女の話など誰が喜んで聞くものか。たかが男爵家の令嬢だったお前が、実家の金で侯爵夫人の座を得たことに満足して過ごせばいいものを。――男の仕事にしゃしゃりでるなっ! 何も分りもしないくせに、見透かしたような事を言う事は、2度と許さん。不愉快だ」
夫婦が会話をしたのは、いつが最後だったろうか?
目の前にいる男が、簡単に自分の挑発に乗るのが楽しくなってきたアベリア。それと同時に別の感情を抱いていた。
これだけ夫との距離が離れていてよかった。そうでなければ、私や私の晩餐に夫の汚い唾がかかるところだった。睨むように夫を見ていたアベリアは、夫の事を笑いながら、そんなことを考えていた。
アベリアは、これまでずっと抱えていた想いを、執事のデルフィーへ、やっと伝えることができた。
この日、この願いを聞き届けてもらえなければ、2度と口に出すことは無いと、強い覚悟を決めて伝えた想い。
自分の気持ちを、デルフィーへ伝えることは絶対に許されない。
そう、悩み続けていたアベリアのたった1つの願いは、デルフィーであれば、きっと叶えてくれると確信していたから。
「私の妻になってください、アベリア様。いや……アベリア」
身分違いの恋慕に思い悩んだデルフィーが、やっと自分の気持ちを伝えられた時には、彼女は既に侯爵家の後継者を身ごもっていた。
従者へ恋焦がれたアベリアだったけれど、侯爵家当主に手を握られ男の子を出産した。
そう、アベリアは侯爵夫人のままだった。
他には何もいらないと言ったアベリア。
だけど、彼女は、最愛のデルフィーだけを手に入れる事はなかった。
アベリアは、彼女の事を溺愛し、ちょっとだけ意地悪好きな夫に甘やかされ、全ての貴族達から敬られる侯爵と共に、侯爵領をこの国で一番豊かな地へと変化させた。
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冷え切った新婚夫婦の晩餐。
そこには、カトラリーが皿に触れて発する、カチャッカチャッという音だけが、食堂中に響き渡っていた。
アベリアとヘイワード侯爵の2人は、夫婦と言えど形だけ。
お互いを見つめることはおろか、視線を向ける事も無く、ただ、それぞれの空腹だけを満たすだけ。
夫婦の晩餐とは、毎日、義務的に処理する時間だった。
この日の晩餐は、アベリアの好きなムール貝とエビのバターソテー。行儀が悪いと思いつつも、そればかりを夢中になって食べていた。
アベリアの舌は、まだまだそれに名残惜しさを感じていたけど半分まで食べたところで、スープに手を伸ばした。
まだ初夏のこの時期に、とうもろこしはまだ旬とは言えない。それでも、裏ごしされて山羊のミルクを加えたスープは、ほんのり甘くて濃厚な風味が口に広がる――……はずだった。
でも……、何かが違うと、アベリアの動きが止まる。違和感の原因に気が付き、全身の血の気が引くのと同時に広がった鳥肌。
アベリアは、瞬時に思考を巡らせて、今、自分が置かれている状況を理解した。
この時はまだ、自分の事を忌み嫌っている、書面上の夫が、結婚1年にして最後の手段に出てきたのだと思っていた。
潤んだ瞳から涙がこぼれないよう、慌てて目をつぶり、自分の気持ちを噛み殺していた。
アベリアは、意識的に閉じた瞼を持ち上げた。その時には、直前まで感じていた、悲しさや恐怖心、不安もかき消し、アベリアは不敵な笑みを浮かべていた。
アベリアは2口目のスープを口元へ運ぶ振りをしながら、長い食台の向かい側に座る夫のケビンを下から掬い上げる様に見つめていた。
「――なんだアベリア。俺に何か言いたいことでもあるのか? お前のその吊り上がった目を見るだけで食欲が失せる。こちらを見るな」
「ふっ、――左様ですか。私の顔がヘイワード侯爵をご不快にさせて申し訳ありません。ただ、日中に目を通しておりました、飼料の仕入れ値について申し上げたいことがありましたので」
妻であるにも関わらず夫の名前を呼ぶことを許されないアベリアは、この邸の従者よりも距離のある呼び方をしなくてはいけなかった。そのことに、結婚当初は戸惑ったアベリアだけど、今ではすっかり慣れてしまい、この距離感が心地よくなっていた。
「女のくせに、我が家の事業に口を出すなと言っているのが、まだ分からんのか? お前のような可愛げのない女の話など誰が喜んで聞くものか。たかが男爵家の令嬢だったお前が、実家の金で侯爵夫人の座を得たことに満足して過ごせばいいものを。――男の仕事にしゃしゃりでるなっ! 何も分りもしないくせに、見透かしたような事を言う事は、2度と許さん。不愉快だ」
夫婦が会話をしたのは、いつが最後だったろうか?
目の前にいる男が、簡単に自分の挑発に乗るのが楽しくなってきたアベリア。それと同時に別の感情を抱いていた。
これだけ夫との距離が離れていてよかった。そうでなければ、私や私の晩餐に夫の汚い唾がかかるところだった。睨むように夫を見ていたアベリアは、夫の事を笑いながら、そんなことを考えていた。
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