全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~

純情すぎる彼女と意地悪を言った彼。彼は自分の意地悪で、慌てる未来を知らない

 デルフィーは、この領地の管理について幾度となく、ヘイワード侯爵へ懇願を続けていた。
 だけど当主は、全く動いてはくれなかった。
 アベリアは、その様子を、まるで見た事のように想像できた。
 領民たちの中には、先の見えないブドウの生産に憤りを感じていた。中には、不満が限界まで達して、せっかく成長した木を伐採しようとする者も出始めていた。

「デルフィ―お願い。彼らが作ったものを、私が商品に変えるから、もう少しだけ領民たちに協力をお願いしてくれる」
 少し、がっかりしたデルフィー。彼の表情から、自然に浮かんでいた微笑みが消えた。
 結局のところ、彼女も貴族のご夫人だった。やはり、何でも人に任せて自分は動きもしないのだと理解した。
 期待が失意に変わったデルフィーは、少しだけ棘のある口調でアベリアに問いかけた。

「ご自分で領民たちを説得しないのですか?」

 アベリアは、領民達から、侯爵家当主の信用はないだろうと理解していた。
 それで、その侯爵夫人が突然現れても、偉そうに頼み事をしているだけだと思われてしまうし、誰も真剣に取り合ってくれないだろと思っていた。
 だけど、自分でやると決めた以上、甘えてばかりではいられなかったアベリア。

 デルフィーは知っていた。もし、彼女が1人でその地域に行けば、どんな事が起きるのか。
 沿岸部の農夫たちは、気性が荒い上、女性を卑しめて見る性分だった。
 それに加え、この領地の当主に向ける不満が、崩壊寸前までに高まっていた。
 女性一人であの地域へ赴いて説明に行けば、多少の暴言や手荒な事が起きてしまう事は分かり切った話だった。
 それでも、自分には、目の前の侯爵夫人の事が許せなかったデルフィー。
 侯爵家当主は、再三に渡る自分からの要求には耳を貸さず、領民たちの為には全くお金を使わなかった。それなのに、妻には、余りあるほどのドレスや宝石を買い与えている実情を、目の当たりにした今は、穏やかな気持ちではいられなかった。
 目の前の侯爵夫人は、もしかして酷い目に合うかもしれないが、現状を自分の目で見て来るべきだと、彼女の、本当の事情を知らない彼は、そう考えていた。
 後に、自分のこの考えは、大きな間違いだったと、気づくことになるデルフィー。

「――う~ん、そうね。……わかった。じゃあ時期が来たらお願いに行くけど、その前に私が出来ることをしてからだ。流石にもう少しで収穫できるブドウの木を切る事はないと思うけど、何かあったらすぐに教えて」

「わかりました。ブドウの木の件は、何か耳にしたら、すぐにお伝えします。でも、アベリア様は何をなさるおつもりですか?」
「ふふっ、まだ、ちゃんと見てないから、今は内緒にしておく」
「そうですか……。では、近いうちに教えていただける事を楽しみにしています」
 状況判断に長けているアベリアが、どこまで出来るのか、期待しながらデルフィーは力強い眼差しで、アベリアの事を真っ直ぐに見つめた。
 その瞳に引き込まれ、恥ずかしくなったアベリアは、僅かに彼から視線を外した。

 
 デルフィーから事情を聴いたアベリアは、急いで自分の父へ手紙を書くことにした。
 自分をヘイワード侯爵領まで送り届けた馬車の御者は、すでに王都へ戻ってしまったけれど、これからは、何をするにも御者もこなせる人手が必要だった。
 娘を売るような父親でも、金儲けのためには協力を惜しまない人だとアベリアは分かっていた。
 アベリアは、初めて自分が夢中になれるものを見つけて、俄然やる気になっていた。
 アベリアの父は、知識が金を生むと考える人間で、様々な出自の家庭教師から、沢山の知識を植え付けられていた。その教育から逃げる事は出来なかったから、気が付けば、様々な分野の知識を持ち合わせることになった。
 彼らの中には、他国出身者も多かったから、植物や料理のことなど、まだ、この国では知られていないことも、家庭教師から教わっていたアベリア。
 この場所には、自分のやりたいことが溢れていた。

 アベリアの表情は、嬉しくて笑いたいのを堪えているようだった。
 自分が、ただの駒や飾りではない存在だと認められて、飛び跳ねて喜びたかった。流石にそれは、従者の前でする訳にはいかなかったから、しなかったけれど。
 それに……、自分に期待してくれて、「楽しみにしています」と言ってくれる人に出会い、よくわからないけど、胸がそわそわする感覚があった。
 デルフィーの瞳を見つめると、照れくさくて、鼓動が早くなる。今まで、多くの従者に関って来たけど、こんな感情は初めてで、戸惑っていたアベリアだった。

「デルフィー、今日は私が夕飯を作るから、食事の事は気にせず仕事をしていて。出来たら声をかけるから待っててね」
「えっ、アベリア様が――」
 笑顔で立ち去るアベリアを、不思議そうに見ているデルフィー。
 彼は、最愛の女性に出会ったことに、まだ、気づいていなかった。 
< 12 / 53 >

この作品をシェア

pagetop