全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~

侍女が嫌がる仕事でも1人で行う彼女と、彼女が気になる彼

 その次の日、デルフィーはいつものように事務机に向かい仕事をしていた。
 作業に集中し過ぎて固くなった体をほぐすため、椅子から立ち上がり、ふと窓の外に目をやった。すると、汚れたワンピースを着て、庭の雑草を引っこ抜いているアベリアの姿が目に入った。
「――えっ、って、何をやってるんだアベリア様っ! 私への嫌味か? あ――、もう何だって、こう自分の仕事を乱されるんだ!」
 
 まさかの出来事を見てしまい、激しく動揺した。
 デルフィーは、事務仕事に時間を取られ過ぎて、自分の為に使う時間も無かったし、邸の仕事も、手が回らない事ばかりだった。
 だから、侯爵家の敷地にも関らず、邸の外まで管理するのは無理だった。夏になるころには、雑草が生い茂っている侯爵家の敷地になっていた。
 そんなことは、自分自身が、日頃から一番気になっていたし、侯爵家の外聞が、悪くなってしまうのが気がかりだった。
 でも、まさか昨日この邸にやって来た、侯爵夫人が、庭師のような仕事をするとは思ってもいなかった。庭の事が目に余るなら、自分に何かを言ってくるだろうと思っていた。そうであれば、忙し過ぎる自分の生活を伝えて納得させるつもりだったのだから。
 ――バタンッ。
 流石にアベリアにそのような真似はさせられないと、慌てて部屋を飛び出し、彼女の元へ向かった。
 
「アっ、アベリア様、大変申し訳ありませんっ! 私の管理が行き届いておりません故、ご不快な気持ちにさせてしまいました。ですが、この後は、私が行いますからアベリア様が庭師のような真似をするのは、おっ、お止めください」
 息を切らせて慌てるデルフィーの姿を、不思議に思いつつ、アベリアは全く止める気はなかった。
 寧ろ、デルフィーが敷地全体に広がったドクダミを放っといてくれたことに、感謝していたのだから。
「そんなに慌てて、どうしたの? 不快な気持ちどころか、喜んでるんだから謝らないでよ。でも、ドクダミを抜くのは、私1人でも出来るから、デルフィーは自分の仕事を普通にしてて頂戴」
「そうは言われても……、流石にアベリア様1人でさせる訳にはいかないかと。ちなみにマネッチアさんは、アベリア様がこのような事をしているのをご存じなんですか?」
「あっ、まあね、マネッチアにも声をかけたから、もちろん知ってるわよ。でも、ドクダミの匂いが嫌だからって、断られちゃったけどね」
「こ、断ったって……。主であるアベリア様がお願いしたのに、そんな事が許されるんですか?」
「いや普通に『そうだよね』って、思ったけど。だって、マネッチアが、昔からドクダミの匂いが嫌いなのを知ってるし、嫌がる事を無理やりさせる訳にいかないもん、ふふっ」
 アベリアの返答を聞いて驚くデルフィー。
 従者でさえ、この雑草の臭いを拒絶し手伝いを拒否したと言うのに、その作業をまさか、侯爵夫人ともあろう人物が1人で行うとは思いもしなかったから。

「……それでは、私が手伝います」
「デルフィ……私の事を心配してくれてありがとう。でも、手伝いは本当にしなくていいから。デルフィーは、領地の仕事があるんだから、そっちをいつも通りにこなしてて。私ね、まだ他にも、教えて欲しいことがいっぱいあるのよ。きっと、この先にも、デルフィーの作業の邪魔をしちゃうと思うから、後で相談に行くからその時に手伝ってね。草むしりは、これはこれで、結構楽しいから大丈夫よ」
 頬を赤くして、照れくさそうに話すアベリア。

 デルフィーは、もう一度、手伝いを申し出たけど、アベリアから、はっきりと必要ないと断られてしまった。だから結局、何もしないまま、自分の仕事部屋へと戻ることになった。
 自分の執務室へ戻るまでの間、泥まみれのアベリアの事を考えていた。
 そして、ドクダミは雑草ではないとデルフィーに熱く語る、アベリアの可憐な声が、自分の耳から離れなかった。
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