全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~

彼との時間を守るため、お金なんて惜しくない彼女

 夫の侯爵とは、自由に意見を交える事が出来なかったし、王都の執事もまた、自分が何を言っても「ご当主に確認しませんことには」と、自分の話に耳を傾けることは無かった。アベリアが、どんなに見知った知識が豊富にあったとしても、いつだって、蚊帳の外だった。
 でも、デルフィーは全然違った。
 自分の話を聞いてくれて、対等に意見を言い合える存在に初めて出会ったアベリア。
 彼と真剣に討論できるのが楽しかったし、知らない知識を教えてくれるデルフィーの事を尊敬していた。
 
 そして、デルフィーが、時折自分に見せる、優しい表情にときめいていた。
 従者に見つめられて、照れくさく感じたり、この人ともっと一緒にいたいと思う日が来るなんて、自分でも信じられなかった。
 元々、自分の気持ちを伝えるのが、得意ではないと言う事もあったけど、男爵家でも侯爵家でも、従者には、一定の距離感を持って関わっていた。
 だから、長い付き合いのマネッチアにも、打ち明けていない秘密や、個人的な感情がいっぱいあった。
 それなのに、デルフィーを前にしていると、初めて会った時からずっと、一つの隠し事もしたくない気持ちが溢れていた。

「ふふ、アベリア様、なんだか嬉しそうに笑ってますけど、何かいいことでもありましたか。でも、この数字は間違っていますよ。これでは、あなたが大きな損をします」
「えっ、そうなの? じゃあこの計算は、どこの数字を使っているの?」
「アベリア様。そもそも、あなたは侯爵夫人なのですから、あなたが生み出した収益から当主に対して税金なんて払う必要はないですよ。それに、あなたのお金は、農民たちが使う機械の購入に回しているんですから尚更です」

 この日、アベリアはデルフィーから侯爵領の税金について教えを乞う得ていた。
 なぜなら、これから起きることが凡そ想像できていたから、アベリアにとっては、すごく重要な事だった。
 デルフィーの侯爵領の管理は完璧だったけど、領地の半分が、まだ収益にならない農産物を作っていた。
 だからやっぱり、侯爵領の経営は、赤字とは言わなくても、厳しい状況だった。
 そして、王都の邸で1年間過ごしていたアベリアが、侯爵の目を盗み、自分自身で確認していた事業の収益の方も、同じようなものだった。
 間違いなく、時期に、夫が自分の所へ、お金を要求してくると察知したアベリア。

「いいの。あの侯爵へ、お金を渡しておけば、いつまでもここに居られるでしょう。それなら、そんなお金は惜しくないから」
「それにしても、額が大き過ぎます。これだと、この領地の3年分の収益はありますよ」
「まあ、そんなに。でも、正しく計算すると、この金額になるのよ。それに、このお金を渡しても、支払いに全部回って、直ぐに無くなるはずだもん」

 代々受け継がれている、王都にある大豪邸は、それを維持するだけでも相当な経費がかかっていた。
 侯爵家の事業も領地経営のどちらも、儲けが無いことがはっきりした。
 それでも、侯爵家で仕える使用人達の人件費なんかは、変わらずに必要だったし、従者達もそれぞれの生活があるから、夫が従者達に対して、軽率な事をして欲しくなかったアベリア。
 そして一番の問題は、愛人エリカのドレスや収集品の酷い浪費だった。自分の結婚支度金は、もう残っていないことを確信した上で、先日発見した、ドレスと宝石の支払いは、滞ったままだと察知した。
 自分との結婚前、侯爵は借金返済のために、邸にあった高価な物は全て売りはらっていた。
 そろそろお金に困って、愛人エリカの収集品に目を付ける頃だろうか。
 でも、あれらは全部が全部、唯のガラスや貝殻だから売れる訳は無いのはわかっている。当てが外れて、困り果てたヘイワード侯爵が、アベリアの元へやって来ることを案じて、事前に準備をしていた。

 自分の事を今まで蔑ろにしていたのだから、ぬけぬけと要求して来る侯爵の事は、1回目は突っぱねてやろうと思っていたアベリア。
 だけど、2度目に懇願された時には、侯爵領の税金の計算に従い、正しい金額で渡してあげるつもりでいた。

 領地の邸で暮らし始め、自分の意識は確実に変わってきていた。

 この場所で、デルフィーと一緒に、経営の話をしたり、ありふれた日常の、たわいもない会話をしながら食事を摂るのが楽しくなってきていた。
 ここに来てから、自分は、笑ってばかりいた。
 こんな時間は、実家の男爵家でも、味わったことが無かった。
 厳しい父は、自分の事を罵るような叱咤激励ばかりだった。「愛の鞭」と言えば聞こえは良いけれど、そこに愛があったのか? やっぱり、ただの鞭かもしれないと、脳裏を過ることが多すぎて、自己肯定感は限りなく低かったアベリア。

 だから、アベリアにとって、こんなに穏やかな時間は人生で初めてだった。

 侯爵に多少のお金を渡しておけば、デルフィーとの有意義な時間がずっと続くはず。
 そうであれば、自分で稼いだお金で、デルフィーとの時間を守りたかった。

 ――――……
「……アベリア様、私の話を聞いていますか? 何か考え事ですか? 確かに数字自体は合っているようです。でも、悩むくらいであれば、そのような大金、ご自分の為にお使いください」
 そう言われて、アベリアはデルフィーの顔を見つめる。
 ドキッと胸が跳ね上がった。頬が紅潮しているかもしれないけど、自然に反応してしまったから、隠そうと思っても出来なかった。
 デルフィーのことを意識すると、ドキドキするし、ほんわかとした温かさを感じた。あなたをもっと知ることの出来る未来が欲しいし、自分のことも、もっと知って欲しいと思ったアベリア。
 自分が欲しいのは、この平和な時間がいつまでも続く事で間違ってない。
「確認してくれてありがとう。うん、やっぱり合ってた。ふふっ」
 そう言って、嬉しそうに笑うアベリア。

 紙切れだけ、お金だけで繋がっている侯爵が、アベリアへ興味や関心を持っていないことが、この上ない喜びになった。
 アベリアは、自分の人生で、やっと幸せを感じていた。
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