全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~

愚かな侯爵の懐事情

 食堂から自分の部屋へ戻ったアベリア。
 彼女は、夫とその愛人の事を考えていた。
 自分の夫は、可愛くて仕方ない愛人の部屋に、毎日入り浸って、仲睦まじく過ごしている。
 それについては、妻の自分が干渉することは許されず、強制的に関係を認めさせられた。だから、夫と愛人の関係に不満を言ったことは無かった。
 それなのに、「夫がアベリアの事を邪魔者にしている」と、とうもろこしのスープを口に含み、違和感を感じた時は、そう思ったアベリア。
 けれど、今は、毒を仕掛けた犯人は夫ではないと確信していた。
 自分に盛った毒を、飲み干す姿を見届けないことなんて、流石にあの単純な侯爵でもあり得ないだろうと。
 それに、侯爵は妻との離婚の事は全く考えていないどころか、形式だけの夫婦で居続けたいのが伝わってきた。
「誰かに毒を盛られた」と、愛人に傾倒している夫へ伝えたところで、自分の言葉を信じてもらえるとは思えなかった。

 アベリアは、夫の愛人のことなんて、とっくの昔に興味も関心も無かった。
 もはや、夫と愛人の関係がどんなに深くなっていても、どうでも良かったし、アベリアとしても、この愛のない結婚生活に多少の満足もあった。
 愛人のエリカがいることで、夫が自分へ情欲を抱くこともなく、不要な性欲が持て余される事もなかったのは、冷めきった夫婦関係の中にある救いだった。
 そのおかげで、毎日心穏やかに過ごせていたから。
 アベリアは抱かれたくもない男性と、後継者作りを求められなくて、丁度良いとさえ思っていた。
 後継者は、愛人が産んでくれるのを待っていればいいから、自分は、本当にお飾りの妻でいればいいのだと、何も期待されていない事をわきまえていた。

 ただ一つアベリアは、この侯爵家には、既にお金がないことを危惧していた。
 この邸を保って、自分たちが暮らしていけるだけの余裕がないのではないかと。
 妻の実家の財力に期待をしている侯爵は、もう既に、アベリアの結婚支度金として用意されたお金を使い切っているのかもしれない。
 でも、アベリアの父は実際のところ、金に厳しく、利の無いことには一切のお金を出さない人間だ。
 どんなに、侯爵が頼み込んでも、アベリアの父である男爵は、これ以上の資金提供をしてくれるはずはなかった。
 再び、破産寸前の危機的状況に陥っているのであれば、自分の生活は自分で守るしかない。

 アベリアは、どこまでも、価値を見極めることが出来ない夫のことを内心笑っていた。
 侯爵は愛人のドレスや宝石の請求書のおかしさに、まだ気づいていないのだと。
 落ち目となっていた、ヘイワード侯爵家は、善良な取引の出来る贔屓の商人に見限られていた。
 それにもかかわらず、着飾った事のない平民が浮かれて商人を呼び始めたら、格好の鴨でしかないのに。
 ヘイワード侯爵の愛人は、自分が騙されている事に全く気づいていない。

 優しいアベリアは、愛を与えてくれない夫を、それでもまだ妻として支えるべきだと考えていた。   
 夫の愛人は、布や宝石の価値も分かっていない平民なのだから、ヘイワード侯爵に気づいて欲しかった。
 愛人であるエリカが自慢げに着ているドレスは、社交会では笑いものにされる安物の生地を、豪華な作りに仕立て上げただけの代物だった。
 宝石だと思って嬉しそうに着けているアレらは、ガラスやただの貝殻である。それくらい、少し目の利く人間が見れば一目瞭然だった。
 身に着けている当人が、それで満足しているのであれば、気にすることもないアベリアだけど、あのガラクタの請求書が、ダイヤ以上の金額が書かれているのを知っては、見ていられなくなった。
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