全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~
何も残らない彼女の部屋には、彼の涙と赤い花の球根だけがあった
この邸へ彼女が初めてやって来た時には、確かに馬車いっぱいの荷物を持ってやって来ていた。
高価なアンティークの家具やランプなど、彼女が実家にいた時から使っていた、お気に入りの品々を持って来ていた。
もちろん、彼女の部屋へ運ぶのに、執事の自分も手伝ったのだ。
だから、それ以降彼女の部屋へ入ったことがなくても、おおよそ彼女の持ち物は分かっていた。
ましてや侯爵夫人が、社交界シーズン直前に、全てのドレスを手放す訳がなかった。
一縷の望みは、王都の邸に彼女の言葉通り、ドレスや家具が十分に揃っている事だけ。
だが、自分には確認するすべはない。
階段を駆け上がったからか。
既に分かりきった答えを知る恐怖なのか。
自分の心臓の悲鳴が、耳に響くほど煩かった。
バタンッ――――
勢いよく侯爵夫人の部屋を開けたデルフィーは、その瞬間に絶望していた。
……部屋には何もなかった。
涙が零れ落ちるのを抑えながら、大きなクローゼットへ向かった。
答えは開ける前から分かっていた。
だけど、欠片ほどの期待を持って開け放った。
ガッッタン――
ガランとした空間は、一瞬で全てを見渡すことができた。何一つないクローゼット。
彼女の香りも気配も、ガランとした大きな部屋には、何も残っていなかった。
何も無い侯爵夫人の部屋。今は、無垢の木の床にしゃがみ込んだ、デルフィーから零れ落ちた涙のシミだけがあった。
どれほどの時間、そうしていたか分からないデルフィー。
自分はどこで間違ったかを思い返したけど、答えは簡単だった。
彼女が、一度だけ自分へ告げた想い。
それに「応えられない」と言ったことを。
あの時の彼女は酔っていたから、醒めても、その気持ちが変わらなければ良いと強く願っていた。
それなのに、翌朝の彼女はいつものようにそれを包み隠していた。
2人で痛みと快感を分かち合った事を、「夢を見た」と言って俯いていた。
だから自分は……、それは、彼女が侯爵夫人として生きて行くことを、決めたのだと思っていた。
彼女の気持ちを分かっていたにも関わらず、自分は、彼女から全ての事を言わせた。
アベリアが、言いにくそうにしながら自分を求めて来た時、この上ない喜びだった。
ケビン・ヘイワード侯爵に少しの罪悪感を感じつつも、彼女を虐げる夫へ優越感を抱き、このまま愛する彼女を自分のものにしたいと思った。
それなのに、意を決した彼女の気持ちに「応えられない」と言ったままにした過ちに気がついた。
もう、彼女はここには戻って来ない。
失意の中にいるデルフィーは、彼女がこの部屋から見ていた景色が見たくなった。
外は、もうすっかり暗くなっていたから、よく見えない庭が目に入る。
今の彼の目に何も見えていなかったとしても、この季節では、庭には何の花も咲いていなかった。
そして、何もないと思っていたこの部屋の窓辺に、植物の球根があった。
「これは植物か……。おそらくは何かの球根。ん、もしかして赤い花の球根か? でもなんでこんな所に? この国ではよく見かける赤い花だが、この邸の庭で見たことは無かったはずだ」
音がこだまする彼女の部屋。デルフィーは、1人静かに呟いていた。
この翌日、王都から訃報の知らせが届くことになる。
高価なアンティークの家具やランプなど、彼女が実家にいた時から使っていた、お気に入りの品々を持って来ていた。
もちろん、彼女の部屋へ運ぶのに、執事の自分も手伝ったのだ。
だから、それ以降彼女の部屋へ入ったことがなくても、おおよそ彼女の持ち物は分かっていた。
ましてや侯爵夫人が、社交界シーズン直前に、全てのドレスを手放す訳がなかった。
一縷の望みは、王都の邸に彼女の言葉通り、ドレスや家具が十分に揃っている事だけ。
だが、自分には確認するすべはない。
階段を駆け上がったからか。
既に分かりきった答えを知る恐怖なのか。
自分の心臓の悲鳴が、耳に響くほど煩かった。
バタンッ――――
勢いよく侯爵夫人の部屋を開けたデルフィーは、その瞬間に絶望していた。
……部屋には何もなかった。
涙が零れ落ちるのを抑えながら、大きなクローゼットへ向かった。
答えは開ける前から分かっていた。
だけど、欠片ほどの期待を持って開け放った。
ガッッタン――
ガランとした空間は、一瞬で全てを見渡すことができた。何一つないクローゼット。
彼女の香りも気配も、ガランとした大きな部屋には、何も残っていなかった。
何も無い侯爵夫人の部屋。今は、無垢の木の床にしゃがみ込んだ、デルフィーから零れ落ちた涙のシミだけがあった。
どれほどの時間、そうしていたか分からないデルフィー。
自分はどこで間違ったかを思い返したけど、答えは簡単だった。
彼女が、一度だけ自分へ告げた想い。
それに「応えられない」と言ったことを。
あの時の彼女は酔っていたから、醒めても、その気持ちが変わらなければ良いと強く願っていた。
それなのに、翌朝の彼女はいつものようにそれを包み隠していた。
2人で痛みと快感を分かち合った事を、「夢を見た」と言って俯いていた。
だから自分は……、それは、彼女が侯爵夫人として生きて行くことを、決めたのだと思っていた。
彼女の気持ちを分かっていたにも関わらず、自分は、彼女から全ての事を言わせた。
アベリアが、言いにくそうにしながら自分を求めて来た時、この上ない喜びだった。
ケビン・ヘイワード侯爵に少しの罪悪感を感じつつも、彼女を虐げる夫へ優越感を抱き、このまま愛する彼女を自分のものにしたいと思った。
それなのに、意を決した彼女の気持ちに「応えられない」と言ったままにした過ちに気がついた。
もう、彼女はここには戻って来ない。
失意の中にいるデルフィーは、彼女がこの部屋から見ていた景色が見たくなった。
外は、もうすっかり暗くなっていたから、よく見えない庭が目に入る。
今の彼の目に何も見えていなかったとしても、この季節では、庭には何の花も咲いていなかった。
そして、何もないと思っていたこの部屋の窓辺に、植物の球根があった。
「これは植物か……。おそらくは何かの球根。ん、もしかして赤い花の球根か? でもなんでこんな所に? この国ではよく見かける赤い花だが、この邸の庭で見たことは無かったはずだ」
音がこだまする彼女の部屋。デルフィーは、1人静かに呟いていた。
この翌日、王都から訃報の知らせが届くことになる。