全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~
彼を想う彼女は、彼と並ぶことは出来ない
従者から自分の妊娠を疑われ、慌てるアベリア。
自分が身ごもっている事を知られてしまえば、侯爵家の血を継ぐ、次期当主を宿しているとみられる。
そうすれば、何が起きているか分からない、この邸から逃げ出せなくなる。
デルフィーとの宝を取られてしまうかもしれない。
「わっ、私がヘイワード侯爵の子を宿しているなど、絶対にありえません。今日は、本当に馬車に酔っただけで、一晩休めばよくなります。ご心配をおかけして申し訳ありません。それと、侯爵の葬儀を含めて、全てあなたにお任せいたします」
「えっ! それは、さすがに……」
「お願いします」
「そうですか……承知しました奥様」
「助かります」
侯爵夫人であるアベリアが、葬儀に携わる素振りを見せない事に驚く執事。
突然亡くなった当主へ、余りにも冷たすぎる対応。
でも、これまでの夫婦関係を知っていたこともあり、アベリアの要求を聞き入れた。
執事としても、彼女が当主の子を宿していないのであれば、もう、侯爵家には関係の無い人間だった。今更、侯爵夫人の務めを求める気にはならなかった。
アベリアは、亡くなった侯爵の元へ案内する旨を伝えられたけど、それを辞退した。
名前を呼ぶことさえ許されなかった夫のケビンには、妻の肩書を捨てると決めてワインを飲んだあの夜以降、2度と会うつもりはなかった。
それは、例え、もの言えぬ夫となっても変わらなかった。
「奥様。ご当主が突然お亡くなりになり、休める状況ではないかと思いますが、顔色がお悪いようですので、体を休めてください」
そう言い残した執事を見送るアベリアは、少しだけ胸が痛くなっていた。
もし、今日の晩餐に自分が同席していたら、侯爵が亡くなることは無かったかもしれないと自分を責めていた。
自分が、寝込んでいなければ、晩餐に仕掛けられている毒に気づけたはずだった。
それに、「赤い花の毒」を、この邸の誰かが自分の晩餐に盛ったことを誰にも打ち明けず、自分の胸の中だけにしまい込んでいる。
そのせいで、夫は亡くなってしまったし、犯人につながる情報なのに、怖くて誰にも言えないままでいた。
夫を憎んでも、死んで欲しいとまで思ったことがなかったアベリアは、ただ静かに夫の死を憂いていた――――。
なのに、自分は優しくない……。
嬉しくて、嬉しくて、顔の緩みがおさまらない。
彼女は抱えきれない幸せを感じていた。
彼女は、夫も、侯爵夫人と言いう肩書も、宝石も、ドレスも、お気に入りの家具たちも全て失った。
人生で初めて恋に落ちたデルフィーは、彼の気持ちと、彼の存在が領民達に必要だと分かっているから、自分の気持ちを押し通すことは出来なかった。
最愛の彼とは2度と触れ合う事は出来なくても、彼との宝物が自分の中にあった。
アベリアはデルフィーと、全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。
そして、その恋に区切りをつけて、新しい人生を送ると決めた。
その翌朝、夜が明けたばかりの時間。カバン一つを持ったアベリアは、庭に佇んでいた。
風が冷たいこの季節には、赤い花の面影を残すものは全て枯れ果てていた。
夏にあの花を見た者であれば、何処にそれがあるのか分かるのはず。
なのに、何故か庭の至るところの土が掘り起こされていた。
「いったい誰が……」
アベリアには、もう興味も関心もないことだったけど、初夏に赤い花を見つけた者とは違う誰かが、この邸の主に毒を盛ったと言う事だと確認しただけだった。
彼女は身震いしながら、振り向くことなくヘイワード侯爵邸を後にした。
タッタッタッーー。
誰かの足音が、アベリアへ駆け寄って来る。
「お嬢様、お待ちください。私の事を置いてくなんて、聡明なお嬢様らしくないです。私は、どこまでもお嬢様と一緒です」
「マネッチア……、もう私はお嬢様でも、奥様でもないのに」
「お嬢様はいつまでも私のお嬢様ですから。あっ、こんな重たい鞄を1人で持って歩くなんて、全くもう。これからは自重くださいね」
「どうして、それを」
「どれだけ一緒にいると思っているんですか? お嬢様の気持ちも、お体のことも私が一番知っています。気づいていないと思っていたんですか? 甘く見過ぎですよ! では、これから、あの方の元へ向かわれるんですか?」
「まさか。彼の所には行けない」
「どうしてですか? 今は、お嬢様を縛るものはないでしょう」
「ううん。彼は侯爵家の執事なのよ。前侯爵夫人のお腹の子、その父親が彼だと周囲に知られたら、彼はあの領地でやりたいことがあるのに、彼の立場が危なくなって、居られなくなるかもしれないでしょう。それにね、お腹の子の父を明かさないままだと、私が後継者候補を宿してると思われるもの」
「そうですか……。でも、あの方でしたら、お嬢様の心配なんて、簡単に捨て去ってくれると思いますよ」
「いいの。当主交代で忙しくなるのが分かってて、彼に甘えてばかりじゃいられないもん」
そう言って、王都のどこかへ行ってしまったアベリアとマネッチア。
アベリア達がこの邸を去り、半日経った頃。
目の下に隈を作り、瞼を腫らせたデルフィーが、この邸へ転げるように入って行った。
自分が身ごもっている事を知られてしまえば、侯爵家の血を継ぐ、次期当主を宿しているとみられる。
そうすれば、何が起きているか分からない、この邸から逃げ出せなくなる。
デルフィーとの宝を取られてしまうかもしれない。
「わっ、私がヘイワード侯爵の子を宿しているなど、絶対にありえません。今日は、本当に馬車に酔っただけで、一晩休めばよくなります。ご心配をおかけして申し訳ありません。それと、侯爵の葬儀を含めて、全てあなたにお任せいたします」
「えっ! それは、さすがに……」
「お願いします」
「そうですか……承知しました奥様」
「助かります」
侯爵夫人であるアベリアが、葬儀に携わる素振りを見せない事に驚く執事。
突然亡くなった当主へ、余りにも冷たすぎる対応。
でも、これまでの夫婦関係を知っていたこともあり、アベリアの要求を聞き入れた。
執事としても、彼女が当主の子を宿していないのであれば、もう、侯爵家には関係の無い人間だった。今更、侯爵夫人の務めを求める気にはならなかった。
アベリアは、亡くなった侯爵の元へ案内する旨を伝えられたけど、それを辞退した。
名前を呼ぶことさえ許されなかった夫のケビンには、妻の肩書を捨てると決めてワインを飲んだあの夜以降、2度と会うつもりはなかった。
それは、例え、もの言えぬ夫となっても変わらなかった。
「奥様。ご当主が突然お亡くなりになり、休める状況ではないかと思いますが、顔色がお悪いようですので、体を休めてください」
そう言い残した執事を見送るアベリアは、少しだけ胸が痛くなっていた。
もし、今日の晩餐に自分が同席していたら、侯爵が亡くなることは無かったかもしれないと自分を責めていた。
自分が、寝込んでいなければ、晩餐に仕掛けられている毒に気づけたはずだった。
それに、「赤い花の毒」を、この邸の誰かが自分の晩餐に盛ったことを誰にも打ち明けず、自分の胸の中だけにしまい込んでいる。
そのせいで、夫は亡くなってしまったし、犯人につながる情報なのに、怖くて誰にも言えないままでいた。
夫を憎んでも、死んで欲しいとまで思ったことがなかったアベリアは、ただ静かに夫の死を憂いていた――――。
なのに、自分は優しくない……。
嬉しくて、嬉しくて、顔の緩みがおさまらない。
彼女は抱えきれない幸せを感じていた。
彼女は、夫も、侯爵夫人と言いう肩書も、宝石も、ドレスも、お気に入りの家具たちも全て失った。
人生で初めて恋に落ちたデルフィーは、彼の気持ちと、彼の存在が領民達に必要だと分かっているから、自分の気持ちを押し通すことは出来なかった。
最愛の彼とは2度と触れ合う事は出来なくても、彼との宝物が自分の中にあった。
アベリアはデルフィーと、全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。
そして、その恋に区切りをつけて、新しい人生を送ると決めた。
その翌朝、夜が明けたばかりの時間。カバン一つを持ったアベリアは、庭に佇んでいた。
風が冷たいこの季節には、赤い花の面影を残すものは全て枯れ果てていた。
夏にあの花を見た者であれば、何処にそれがあるのか分かるのはず。
なのに、何故か庭の至るところの土が掘り起こされていた。
「いったい誰が……」
アベリアには、もう興味も関心もないことだったけど、初夏に赤い花を見つけた者とは違う誰かが、この邸の主に毒を盛ったと言う事だと確認しただけだった。
彼女は身震いしながら、振り向くことなくヘイワード侯爵邸を後にした。
タッタッタッーー。
誰かの足音が、アベリアへ駆け寄って来る。
「お嬢様、お待ちください。私の事を置いてくなんて、聡明なお嬢様らしくないです。私は、どこまでもお嬢様と一緒です」
「マネッチア……、もう私はお嬢様でも、奥様でもないのに」
「お嬢様はいつまでも私のお嬢様ですから。あっ、こんな重たい鞄を1人で持って歩くなんて、全くもう。これからは自重くださいね」
「どうして、それを」
「どれだけ一緒にいると思っているんですか? お嬢様の気持ちも、お体のことも私が一番知っています。気づいていないと思っていたんですか? 甘く見過ぎですよ! では、これから、あの方の元へ向かわれるんですか?」
「まさか。彼の所には行けない」
「どうしてですか? 今は、お嬢様を縛るものはないでしょう」
「ううん。彼は侯爵家の執事なのよ。前侯爵夫人のお腹の子、その父親が彼だと周囲に知られたら、彼はあの領地でやりたいことがあるのに、彼の立場が危なくなって、居られなくなるかもしれないでしょう。それにね、お腹の子の父を明かさないままだと、私が後継者候補を宿してると思われるもの」
「そうですか……。でも、あの方でしたら、お嬢様の心配なんて、簡単に捨て去ってくれると思いますよ」
「いいの。当主交代で忙しくなるのが分かってて、彼に甘えてばかりじゃいられないもん」
そう言って、王都のどこかへ行ってしまったアベリアとマネッチア。
アベリア達がこの邸を去り、半日経った頃。
目の下に隈を作り、瞼を腫らせたデルフィーが、この邸へ転げるように入って行った。