全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~
雄ネズミの退治
エリカの話で、すぐさま動いたデルフィー。
彼は、厨房の場所を知っていても、この邸の使用人の事までは知らなかった。
厨房についた彼は、とりあえず、入口の手前にいた男へ声をかけた。
「料理長はどこにいるんだ?」
「あー、ほら、あそこにいますよ」
向けられた視線の先にいる冴えない男。
デルフィーは、その男を見て呆れていた。
(おい、おい。あの愛人は、あんな男をよく誘ったな。アレに気がある素振りを見せたら、勘違いするに決まってるだろう。……でもまてよ、彼女には私のことも、あの男と同じように見えてるって事か……)
静かに自尊心が傷ついたデルフィーは、何ともいえない気持ちで料理長を手招きした。
「僕に何か用ですか? 今、ちょうど手が離せないんですけど」
「そうか。でも、何の作業をしていたかは知らないが、この後は何もしなくていいから安心してくれ」
「ほぇ、なっ、何を急に言い出して? おたくは誰ですか?」
「君に名乗る必要はない。ただ、エリカさんから全てを聞いて、ここへ来た」
呼吸をするために、ぽかんと開いていた料理長の口。
それが、小刻みに震え出した。
「いやいやいや、僕とエリカちゃんは同意のもとだから」
「なるほど……。だから、2人で結託して当主の食事へ毒を入れたのか」
見る見るうちに、青褪めていく料理長。
「あ、あ、あっ、嘘だろう。エっ、えっ、エリカちゃんは、そんな事まで話したのか?」
「あーそうだ」
「てっきり彼女を襲ったのがバレただけかと思ったのに。なんだよもう、口が軽過ぎるだろう」
「アベリア様の事も……」
「それはだって、奥さんのスープに赤い花の球根を入れたけど、食べてなかったし。結局、何もしてないから、それは関係ない」
悔しそうな顔をするデルフィー。
アベリアの身に何かあったと勘付き、料理長を揺さぶった。
その結果が、「アベリアには何もしてない」だった。
アベリアは、赤い花の毒に確かに気付いた。でも、それを誰にも言っていなかった。
デルフィーも聞いていない、確証のない出来事。
アベリアへ向けられた悪事を不問にする自分。
毒に気づいた彼女の気持ちに気付けなかった己の事も、全部が全部不甲斐なくて悔しかった。
「くっっ! じゃあ、なぜ当主へ毒を盛った」
「だって、奥さんとの晩餐のメニューにまで指示してさっ、2人の時間を嬉しそうにしてたから。騙されてるエリカちゃんが可哀そうだったから」
――――……。
デルフィーは、初めに声をかけた男へ視線を変えた。
「すまないが、執事をここへ連れて来てくれないか。デルフィーの依頼だと言えば分かるはずだ」
「え、あ、はいっ。よくわかんないけど、とりあえず呼んできます」
料理長がケビンを殺めた動機を聞いて、これまで堪えていた感情が震え始めたデルフィー。
ケビンが領地へやって来たあの日。ケビンの中で何かが変わってしまったのだろう。
それは自分が大きく関係している事だった。
幼い頃、デルフィーとケビンは、一緒の時間を過ごすことが多かった。
ケビンは幼い頃から、とにかく負けず嫌いな子どもだった。年も同じ、見た目も似ている自分たちは、いつだってぶつかりながら、共に成長してきた。
自分の方が背が高いだの、食べるのが早いだのと、取るに足らないことをいつも競っていた。
あんな従兄でも、幼い頃の想い出と、悲しみを共有した仲だった。
ケビンへ、もし、あの時――。
アベリアと自分の姿を見せなければ、違ったのかもしれない……。
一度に襲って来る悲しさと、複雑な感情。
ケビンなりに自分を信用していたから、領地の事を、自分1人に任せてくれていたのに。デルフィーだって、こんな結果になるとは思ってもなかった。
ケビンがアベリアへ、愛情を抱き始めていた。
それで彼の人生が変わってしまった。
そのことは、デルフィーの心の中へ、静かにそっと留めることにしてた。
デルフィーの愛しいアベリア。
彼女は、スープに毒が入っている事に気が付いた後、何も言わなかった。
彼女が受けた心の傷は、計り知れない。
なのに、どこまでも甘えるのが下手な彼女は、我慢する道ばかりを選んでしまう。
彼女の横で、いつも自分が甘やかさなければと、熱く心に誓った。
――――!
「デルフィー様、何かありましたか?」
「この男が、ケビン従兄を死に至らしめた犯人だ。すぐに突き出してくれ」
「あっ、遊んでた訳ではなかったのですね」
「(はぁ~~)、頼む……」
――この邸を立ち去ったアベリアが思ったように、確かにデルフィーは忙しかった。
自分以上に近しい親近者のいないケビン従兄を弔い、ケビンから全てを引き継ぐ必要があった。
それに、邸に仕える従者たちの質は低い上、不足していた。
ケビンの事業は改善の余地しかない。
それでも、彼女が動かし始めた、あの領地の事は人に任せたくなかった。
正直なところ、こんなネズミ退治よりもしたいことがある彼は、苛立つ気持ちを必死に抑えていた。
アベリアが、自分を訪ねて侯爵領へ帰って来るかもしれない。
彼女が再び、あの邸のベルを鳴らした時、自分が一番に出迎えたい。
それなのに、自由の利かない今の立場に彼は唇を噛んでいた。
彼は、厨房の場所を知っていても、この邸の使用人の事までは知らなかった。
厨房についた彼は、とりあえず、入口の手前にいた男へ声をかけた。
「料理長はどこにいるんだ?」
「あー、ほら、あそこにいますよ」
向けられた視線の先にいる冴えない男。
デルフィーは、その男を見て呆れていた。
(おい、おい。あの愛人は、あんな男をよく誘ったな。アレに気がある素振りを見せたら、勘違いするに決まってるだろう。……でもまてよ、彼女には私のことも、あの男と同じように見えてるって事か……)
静かに自尊心が傷ついたデルフィーは、何ともいえない気持ちで料理長を手招きした。
「僕に何か用ですか? 今、ちょうど手が離せないんですけど」
「そうか。でも、何の作業をしていたかは知らないが、この後は何もしなくていいから安心してくれ」
「ほぇ、なっ、何を急に言い出して? おたくは誰ですか?」
「君に名乗る必要はない。ただ、エリカさんから全てを聞いて、ここへ来た」
呼吸をするために、ぽかんと開いていた料理長の口。
それが、小刻みに震え出した。
「いやいやいや、僕とエリカちゃんは同意のもとだから」
「なるほど……。だから、2人で結託して当主の食事へ毒を入れたのか」
見る見るうちに、青褪めていく料理長。
「あ、あ、あっ、嘘だろう。エっ、えっ、エリカちゃんは、そんな事まで話したのか?」
「あーそうだ」
「てっきり彼女を襲ったのがバレただけかと思ったのに。なんだよもう、口が軽過ぎるだろう」
「アベリア様の事も……」
「それはだって、奥さんのスープに赤い花の球根を入れたけど、食べてなかったし。結局、何もしてないから、それは関係ない」
悔しそうな顔をするデルフィー。
アベリアの身に何かあったと勘付き、料理長を揺さぶった。
その結果が、「アベリアには何もしてない」だった。
アベリアは、赤い花の毒に確かに気付いた。でも、それを誰にも言っていなかった。
デルフィーも聞いていない、確証のない出来事。
アベリアへ向けられた悪事を不問にする自分。
毒に気づいた彼女の気持ちに気付けなかった己の事も、全部が全部不甲斐なくて悔しかった。
「くっっ! じゃあ、なぜ当主へ毒を盛った」
「だって、奥さんとの晩餐のメニューにまで指示してさっ、2人の時間を嬉しそうにしてたから。騙されてるエリカちゃんが可哀そうだったから」
――――……。
デルフィーは、初めに声をかけた男へ視線を変えた。
「すまないが、執事をここへ連れて来てくれないか。デルフィーの依頼だと言えば分かるはずだ」
「え、あ、はいっ。よくわかんないけど、とりあえず呼んできます」
料理長がケビンを殺めた動機を聞いて、これまで堪えていた感情が震え始めたデルフィー。
ケビンが領地へやって来たあの日。ケビンの中で何かが変わってしまったのだろう。
それは自分が大きく関係している事だった。
幼い頃、デルフィーとケビンは、一緒の時間を過ごすことが多かった。
ケビンは幼い頃から、とにかく負けず嫌いな子どもだった。年も同じ、見た目も似ている自分たちは、いつだってぶつかりながら、共に成長してきた。
自分の方が背が高いだの、食べるのが早いだのと、取るに足らないことをいつも競っていた。
あんな従兄でも、幼い頃の想い出と、悲しみを共有した仲だった。
ケビンへ、もし、あの時――。
アベリアと自分の姿を見せなければ、違ったのかもしれない……。
一度に襲って来る悲しさと、複雑な感情。
ケビンなりに自分を信用していたから、領地の事を、自分1人に任せてくれていたのに。デルフィーだって、こんな結果になるとは思ってもなかった。
ケビンがアベリアへ、愛情を抱き始めていた。
それで彼の人生が変わってしまった。
そのことは、デルフィーの心の中へ、静かにそっと留めることにしてた。
デルフィーの愛しいアベリア。
彼女は、スープに毒が入っている事に気が付いた後、何も言わなかった。
彼女が受けた心の傷は、計り知れない。
なのに、どこまでも甘えるのが下手な彼女は、我慢する道ばかりを選んでしまう。
彼女の横で、いつも自分が甘やかさなければと、熱く心に誓った。
――――!
「デルフィー様、何かありましたか?」
「この男が、ケビン従兄を死に至らしめた犯人だ。すぐに突き出してくれ」
「あっ、遊んでた訳ではなかったのですね」
「(はぁ~~)、頼む……」
――この邸を立ち去ったアベリアが思ったように、確かにデルフィーは忙しかった。
自分以上に近しい親近者のいないケビン従兄を弔い、ケビンから全てを引き継ぐ必要があった。
それに、邸に仕える従者たちの質は低い上、不足していた。
ケビンの事業は改善の余地しかない。
それでも、彼女が動かし始めた、あの領地の事は人に任せたくなかった。
正直なところ、こんなネズミ退治よりもしたいことがある彼は、苛立つ気持ちを必死に抑えていた。
アベリアが、自分を訪ねて侯爵領へ帰って来るかもしれない。
彼女が再び、あの邸のベルを鳴らした時、自分が一番に出迎えたい。
それなのに、自由の利かない今の立場に彼は唇を噛んでいた。