全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~
アベリアが侯爵の邸へ向かって出発した頃だった。
侯爵邸の中では庭師とデルフィーが、こんなやり取りをしていた。
「ご当主、いい加減に庭の雑草を刈り取る許可をください。庭師の儂が、まるで仕事をしてないように思われております。このままじゃぁ、邸の中だけじゃなく、領地中から笑い者にされます」
「駄目だ、あの草は雑草ではない。あのままにしておいてくれ」
「とは言ってもあのドクダミ、放っといたらもう少しで枯れますよ。もし、何かに使うのでしたら、儂が刈っときますから」
「枯れる……そんな。でも、刈っては駄目だ。確か……根のついたまま抜いていたはずだ。それから……。いや、私も一緒に作業する」
デルフィーは、領地の邸の為に新たに雇った使用人たちへ、庭の草を刈り取ることを禁止していた。
彼は、アベリアが戻ってきた時に悲しまないようにと、彼女が化粧水を作っていたドクダミをそのままにしていた。
新しく雇い入れた庭師から、これまで再三にわたり苦情を言われていたにもかかわらず。
だけど、そのまま枯らしてしまえば、あの草は使えなくなる。
彼は慌てながら、邸の裏のドクダミを抜くよう指示を出した。
自分自身も、1年前にアベリアが作業していた事を思い出しながら、それを抜き始めていた。
門から見える場所のドクダミは、彼女が訪ねて来た時の為に、最後まで残しておきたかった。
この草に触れれば、必然的にあの頃の彼女の姿を思い浮かべたデルフィー。
彼女の「雑草じゃない」という声も聞こえた気がした。
そんな時は、彼女が訪ねて来ないか、門を見るのがすっかり癖になっている。
いつも、その期待は裏切られるのは分かっている。でも、しないという選択もない。
――――
「ぁ……アベリア様」
居ないと思っていたその場所に、彼女の後ろ姿があった。
外の暑さも気にせず、黙々と草をむしっていたデルフィー。幻覚を見ている気分だった。
彼がこれまで思い描いていた通りの姿。ゆったりとした服を着た彼女。
彼女は、彼が自分の事に気が付いたことを知らないまま、邸から遠ざかっていく。
「まっ待って、行かないでください……」
全速力で走りだすデルフィー。
どんなに離れていても、身重の彼女を逃すような、弱弱しい彼ではなかった。
まだ、彼女までの距離は少しあった。でも、抑えられないデルフィーは彼女へ声をかける。
「……アベリア様……、お帰りを、ずっと、お待ちしていました」
彼は、走る速度をさらに上げて、一気に彼女へ近づく。
「アベリア様っ」
彼女の名を呼び、背中から抱きしめる彼。
「えっ」
彼女が振り向いてもいないのに、我慢できない彼は、そのまま続ける。
「もう、離しません! 王都のあの邸へ向かわせたことを、ずっと後悔していました。こうやって、私の腕の中に、あなたを再び抱きしめる日を、……どれだけ待ち望んだことか」
「デルフィー……」
やっと、彼女が彼に向かって振り返る。
「私の妻になってください、アベリア様。いや……アベリア」
デルフィーからの突然の求婚。
それに驚きも戸惑いも、混乱もしたアベリア。
だけど、湧き出た感情は「言葉にできない喜び」だった。
それなのに。
「だって……。デルフィーは……他にもっと……」
「私には、あなた以上に欲しいものはありませんから」
「そんな、急に……」
「もう、遅すぎて、言い訳もありません。あの日『応えられない』などと、愚かな事を言ってしまった私の事が許せないのでしたら、それでも構いません。そう思われてもおかしくない事をしていますから」
「デルフィは何も……」
「それは、アベリアが一番わかっているでしょう」
アベリアの大きなお腹へ視線を向ける彼。
「アベリアが、私の事を拒む理由がなければ……、その子へ父と称することを、許していただけませんか」
はにかんだ笑顔をするアベリア。
彼には、この表情だけで十分だった。
「私の妻になってくれますね、アベリア。あなたの気持ちは?」
「……もう、デルフィーってば、分かってるくせに。私が断れるわけないでしょう。だって……、だって、忘れられないくらいデルフィーのことが好きなままなのに」
アベリアから、自分への気持ちは変わっていないと言われ、目が潤むデルフィー。
考える前に体が動いた。
これまでの空白の時間を埋めるように、人目も憚らず口づけをする2人。
長い長い口づけだけど、愛するアベリアを見つける日を待ち望んだデルフィーにとっては、まだまだ物足りなかった。でも、今は彼女の為に唇を離した。
アベリアは、デルフィーとの再会に突然の求婚、そして、熱い抱擁に口づけで思考が追い付かず、彼の唇が離れた後も、うっとりしつつも、ぽわぁーっとした表情をしていた。言葉の出ないアベリア。
アベリアを見つめるデルフィー。
「さあ、立ち話では疲れてしまいますからね、邸へ行きましょう」
(……邸? えっ、どうして?)
執事のデルフィーが、侯爵家の客人では無い人物を招き入れる事に疑問を抱くアベリア。
侯爵邸の中では庭師とデルフィーが、こんなやり取りをしていた。
「ご当主、いい加減に庭の雑草を刈り取る許可をください。庭師の儂が、まるで仕事をしてないように思われております。このままじゃぁ、邸の中だけじゃなく、領地中から笑い者にされます」
「駄目だ、あの草は雑草ではない。あのままにしておいてくれ」
「とは言ってもあのドクダミ、放っといたらもう少しで枯れますよ。もし、何かに使うのでしたら、儂が刈っときますから」
「枯れる……そんな。でも、刈っては駄目だ。確か……根のついたまま抜いていたはずだ。それから……。いや、私も一緒に作業する」
デルフィーは、領地の邸の為に新たに雇った使用人たちへ、庭の草を刈り取ることを禁止していた。
彼は、アベリアが戻ってきた時に悲しまないようにと、彼女が化粧水を作っていたドクダミをそのままにしていた。
新しく雇い入れた庭師から、これまで再三にわたり苦情を言われていたにもかかわらず。
だけど、そのまま枯らしてしまえば、あの草は使えなくなる。
彼は慌てながら、邸の裏のドクダミを抜くよう指示を出した。
自分自身も、1年前にアベリアが作業していた事を思い出しながら、それを抜き始めていた。
門から見える場所のドクダミは、彼女が訪ねて来た時の為に、最後まで残しておきたかった。
この草に触れれば、必然的にあの頃の彼女の姿を思い浮かべたデルフィー。
彼女の「雑草じゃない」という声も聞こえた気がした。
そんな時は、彼女が訪ねて来ないか、門を見るのがすっかり癖になっている。
いつも、その期待は裏切られるのは分かっている。でも、しないという選択もない。
――――
「ぁ……アベリア様」
居ないと思っていたその場所に、彼女の後ろ姿があった。
外の暑さも気にせず、黙々と草をむしっていたデルフィー。幻覚を見ている気分だった。
彼がこれまで思い描いていた通りの姿。ゆったりとした服を着た彼女。
彼女は、彼が自分の事に気が付いたことを知らないまま、邸から遠ざかっていく。
「まっ待って、行かないでください……」
全速力で走りだすデルフィー。
どんなに離れていても、身重の彼女を逃すような、弱弱しい彼ではなかった。
まだ、彼女までの距離は少しあった。でも、抑えられないデルフィーは彼女へ声をかける。
「……アベリア様……、お帰りを、ずっと、お待ちしていました」
彼は、走る速度をさらに上げて、一気に彼女へ近づく。
「アベリア様っ」
彼女の名を呼び、背中から抱きしめる彼。
「えっ」
彼女が振り向いてもいないのに、我慢できない彼は、そのまま続ける。
「もう、離しません! 王都のあの邸へ向かわせたことを、ずっと後悔していました。こうやって、私の腕の中に、あなたを再び抱きしめる日を、……どれだけ待ち望んだことか」
「デルフィー……」
やっと、彼女が彼に向かって振り返る。
「私の妻になってください、アベリア様。いや……アベリア」
デルフィーからの突然の求婚。
それに驚きも戸惑いも、混乱もしたアベリア。
だけど、湧き出た感情は「言葉にできない喜び」だった。
それなのに。
「だって……。デルフィーは……他にもっと……」
「私には、あなた以上に欲しいものはありませんから」
「そんな、急に……」
「もう、遅すぎて、言い訳もありません。あの日『応えられない』などと、愚かな事を言ってしまった私の事が許せないのでしたら、それでも構いません。そう思われてもおかしくない事をしていますから」
「デルフィは何も……」
「それは、アベリアが一番わかっているでしょう」
アベリアの大きなお腹へ視線を向ける彼。
「アベリアが、私の事を拒む理由がなければ……、その子へ父と称することを、許していただけませんか」
はにかんだ笑顔をするアベリア。
彼には、この表情だけで十分だった。
「私の妻になってくれますね、アベリア。あなたの気持ちは?」
「……もう、デルフィーってば、分かってるくせに。私が断れるわけないでしょう。だって……、だって、忘れられないくらいデルフィーのことが好きなままなのに」
アベリアから、自分への気持ちは変わっていないと言われ、目が潤むデルフィー。
考える前に体が動いた。
これまでの空白の時間を埋めるように、人目も憚らず口づけをする2人。
長い長い口づけだけど、愛するアベリアを見つける日を待ち望んだデルフィーにとっては、まだまだ物足りなかった。でも、今は彼女の為に唇を離した。
アベリアは、デルフィーとの再会に突然の求婚、そして、熱い抱擁に口づけで思考が追い付かず、彼の唇が離れた後も、うっとりしつつも、ぽわぁーっとした表情をしていた。言葉の出ないアベリア。
アベリアを見つめるデルフィー。
「さあ、立ち話では疲れてしまいますからね、邸へ行きましょう」
(……邸? えっ、どうして?)
執事のデルフィーが、侯爵家の客人では無い人物を招き入れる事に疑問を抱くアベリア。