全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~
最愛となる主と従者の出会い
アベリアが夫を捨てた次の日、まだまだ太陽は高い所にある時間だったけれど、馬車に乗ったアベリアは、既にヘイワード侯爵領に入っていた。
車窓から景色を見渡すアベリアの視界には、光の加減で葉っぱが白く見える木々が映っている。
果樹園、まだ収穫の時期ではないようだけど、この先もずっと広大に続いているのはリンゴの木々かしら。……でも、温かいこの土地で、十分な収穫が出来ているのか? と、疑問を抱いたアベリア。
自分の父が目を付けた何か? は、王都の事業ではなく、領地にあるのではないかと考えているアベリア。だから、侯爵夫人の馬車移動は、侍女と呑気におしゃべりをする余裕は無かったし、まるで領地の視察のように、より多くのものを、目を凝らして見ていた。
邸の門のような所を通り抜け、直ぐに目に飛び込んで来たのは、雑草に負けて隠れるように咲いているゼラニウム。随分と管理がされていない門庭を見ていたアベリア。
御者が、侯爵領の邸に着いたことをアベリアへ伝えた。多分、この知らせが無ければ、ここが侯爵の邸とは思えなかったはずだ。
「奥様、こちらがヘイワード侯爵のお邸です。もう1台の荷馬車は、間もなく到着するでしょう。そちらに積んである荷物はとりあえず、扉の前まで運んでおきますから、後は邸に居る者に頼んでください」
「分かったわ。手間をかけて申し訳ないけど、お願いするわね」
――……。まるで、人が暮らす気配を感じない侯爵邸。
違和感を感じつつも、マネッチアと邸の扉に向かって歩き進める。
「お嬢様、このお邸は大丈夫でしょうか? 管理が行き届かないにしても、玄関の前にまで雑草が生えていますけど……」
マネッチアは、男爵家で仕えていた時の名残で、未だにアベリアの事をお嬢様と呼んでいた。
名ばかりの「奥様」と、王都の従者達から呼ばれるのが悲しかったアベリア。だから、アベリアの口からは何も言っていないのに、マネッチアが「お嬢様」と呼び続けてくれるのを嬉しく思っていた。
不安を口にするマネッチアの手前、アベリアは、虚勢を張っていた。自分自身も、この邸の雰囲気が、不安でたまらなかったけど、付き合いの長い侍女を困らせたくなかったから。
アベリアは、侯爵領の邸の事を、夫の侯爵からも、邸の執事からも聞いたことは無かった。でも、王都で管理している事業で大きな負債を抱えたとしても、国から任されている領地の事は、誰かが、それなりに管理していると思っていた。
けど……、自分が立っている侯爵の敷地は、ここしばらく、人の手入れがされていないのは明らかだった。玄関ポーチには、蜘蛛の巣がいくつもあって、人が暮らしている気配がない。
「う……ん、きっと誰かはいるはずだし、暮らすこと位は出来るんじゃないかしら」
とは言ったものの、マネッチアの言葉を否定しきれないアベリアは、ゴクッと唾を飲んでから呼び鈴を鳴らした――……。
呼び鈴に反応のない邸の前で、アベリアとマネッチアは無言のまま顔を見合った。
訪問者への対応が流石に遅過ぎる。この邸には誰もいないのだと諦め、次にどうすべきか邸の窓を探そうと思った、まさにその時――ガチャリっと重厚な扉が開いた。
そして、執事長にしては、まだ若すぎる男性が挨拶をして、突然やって来た彼女ら2人を出迎えてくれた。
「この邸を1人で管理しております、デルフィーと申します。まさかこちらに奥様がいらっしゃるとは、存じませんでした。何分に行き届かない事ばかりですが、奥様のお世話は、責任をもってさせていただきますので、ご安心ください」
どこかヘイワード侯爵に似ているデルフィー。
アベリアは、またしてもヘイワード侯爵の事を思い返していた。
悔しいけれど、あのヘイワード侯爵も口を開かなければ、切れ長な目に肉厚な唇は魅惑的で、綺麗に整った顔は彼女好みの美形であった。
その容姿のせいで、初めて会った一瞬だけ、男を知らない乙女の胸は、簡単に跳ね上がっていた。
もちろん、あの侯爵の性格によって、彼女にとっては異性を感じる対象からは、瞬時に外れていたけど。
彼女は、そんな遠い記憶は置き去ることにして、彼の言葉に驚いて詰め寄った。
「あなた1人で、このお邸を管理しているのっ! 侯爵邸なのに庭師も調理人もメイドもいないってどういうこと?」
「奥様であればご存じかもしれませんが、この邸の当主が使用人に十分な給金を払わないものですから、彼らは順番に去っていきました。気がつけば私が最後の1人になっていた訳です。――まったく、当主はそのような説明も無しに、奥様をこちらに向かわせるなど、何を考えていることやら」
甘い声なのに、主人に媚びる訳ではない口調のデルフィー。
不覚にも初対面の男性の顔に見とれてしまい、頬を紅潮させて凝視するアベリア――。
結婚しても未だに男を知らない彼女は、純情なままだった。
夫に似ていると思った彼はやっぱり、彼女好みの容姿だったし、夫やこれまでの従者とは違う優しい口調が、彼女の心を喜ばせていた。
車窓から景色を見渡すアベリアの視界には、光の加減で葉っぱが白く見える木々が映っている。
果樹園、まだ収穫の時期ではないようだけど、この先もずっと広大に続いているのはリンゴの木々かしら。……でも、温かいこの土地で、十分な収穫が出来ているのか? と、疑問を抱いたアベリア。
自分の父が目を付けた何か? は、王都の事業ではなく、領地にあるのではないかと考えているアベリア。だから、侯爵夫人の馬車移動は、侍女と呑気におしゃべりをする余裕は無かったし、まるで領地の視察のように、より多くのものを、目を凝らして見ていた。
邸の門のような所を通り抜け、直ぐに目に飛び込んで来たのは、雑草に負けて隠れるように咲いているゼラニウム。随分と管理がされていない門庭を見ていたアベリア。
御者が、侯爵領の邸に着いたことをアベリアへ伝えた。多分、この知らせが無ければ、ここが侯爵の邸とは思えなかったはずだ。
「奥様、こちらがヘイワード侯爵のお邸です。もう1台の荷馬車は、間もなく到着するでしょう。そちらに積んである荷物はとりあえず、扉の前まで運んでおきますから、後は邸に居る者に頼んでください」
「分かったわ。手間をかけて申し訳ないけど、お願いするわね」
――……。まるで、人が暮らす気配を感じない侯爵邸。
違和感を感じつつも、マネッチアと邸の扉に向かって歩き進める。
「お嬢様、このお邸は大丈夫でしょうか? 管理が行き届かないにしても、玄関の前にまで雑草が生えていますけど……」
マネッチアは、男爵家で仕えていた時の名残で、未だにアベリアの事をお嬢様と呼んでいた。
名ばかりの「奥様」と、王都の従者達から呼ばれるのが悲しかったアベリア。だから、アベリアの口からは何も言っていないのに、マネッチアが「お嬢様」と呼び続けてくれるのを嬉しく思っていた。
不安を口にするマネッチアの手前、アベリアは、虚勢を張っていた。自分自身も、この邸の雰囲気が、不安でたまらなかったけど、付き合いの長い侍女を困らせたくなかったから。
アベリアは、侯爵領の邸の事を、夫の侯爵からも、邸の執事からも聞いたことは無かった。でも、王都で管理している事業で大きな負債を抱えたとしても、国から任されている領地の事は、誰かが、それなりに管理していると思っていた。
けど……、自分が立っている侯爵の敷地は、ここしばらく、人の手入れがされていないのは明らかだった。玄関ポーチには、蜘蛛の巣がいくつもあって、人が暮らしている気配がない。
「う……ん、きっと誰かはいるはずだし、暮らすこと位は出来るんじゃないかしら」
とは言ったものの、マネッチアの言葉を否定しきれないアベリアは、ゴクッと唾を飲んでから呼び鈴を鳴らした――……。
呼び鈴に反応のない邸の前で、アベリアとマネッチアは無言のまま顔を見合った。
訪問者への対応が流石に遅過ぎる。この邸には誰もいないのだと諦め、次にどうすべきか邸の窓を探そうと思った、まさにその時――ガチャリっと重厚な扉が開いた。
そして、執事長にしては、まだ若すぎる男性が挨拶をして、突然やって来た彼女ら2人を出迎えてくれた。
「この邸を1人で管理しております、デルフィーと申します。まさかこちらに奥様がいらっしゃるとは、存じませんでした。何分に行き届かない事ばかりですが、奥様のお世話は、責任をもってさせていただきますので、ご安心ください」
どこかヘイワード侯爵に似ているデルフィー。
アベリアは、またしてもヘイワード侯爵の事を思い返していた。
悔しいけれど、あのヘイワード侯爵も口を開かなければ、切れ長な目に肉厚な唇は魅惑的で、綺麗に整った顔は彼女好みの美形であった。
その容姿のせいで、初めて会った一瞬だけ、男を知らない乙女の胸は、簡単に跳ね上がっていた。
もちろん、あの侯爵の性格によって、彼女にとっては異性を感じる対象からは、瞬時に外れていたけど。
彼女は、そんな遠い記憶は置き去ることにして、彼の言葉に驚いて詰め寄った。
「あなた1人で、このお邸を管理しているのっ! 侯爵邸なのに庭師も調理人もメイドもいないってどういうこと?」
「奥様であればご存じかもしれませんが、この邸の当主が使用人に十分な給金を払わないものですから、彼らは順番に去っていきました。気がつけば私が最後の1人になっていた訳です。――まったく、当主はそのような説明も無しに、奥様をこちらに向かわせるなど、何を考えていることやら」
甘い声なのに、主人に媚びる訳ではない口調のデルフィー。
不覚にも初対面の男性の顔に見とれてしまい、頬を紅潮させて凝視するアベリア――。
結婚しても未だに男を知らない彼女は、純情なままだった。
夫に似ていると思った彼はやっぱり、彼女好みの容姿だったし、夫やこれまでの従者とは違う優しい口調が、彼女の心を喜ばせていた。