ミーリア国戦記〜癒しの姫は、仲間たちと王国を守り抜く〜

 きいんっ、と響く金属音。
 何か重いものが、どさりと地に落ちる音が響いた。

 どちらかが斬られた──!
 私はそう思って、覚悟を決めて目を見開いたのだけど、そこには予想もしなかった光景が広がっていた。

 誰も斬られていなかった。
 ゲンジはいつの間にか剣を抜いていて、
細身の曲刀が篝火に照らされ、夜闇の中で紅く輝いていた。
 抜いた剣を中空に擬したまま、ゲンジは彫像のように動かなかった。

 ギラン将軍も、動きを止めていた。 
 まるで戦斧を振り下ろす直前の姿勢のまま、強力な『氷の魔法』で凍てつかされてしまったようだった。
 将軍の顔には、驚きの表情が貼り付いていた。

 そして将軍の戦斧は、刃を下にして地面に突き刺さっていた。

 誰も何も言わず、物音すら立てずにその光景を見詰めていた。
 篝火が燃える音だけが、パチパチ響いていた。

「いったい何があったのですか?」

「……私にも分からない」

 レイアの呆然とした声がした。

「そもそも、あの異人が剣を抜く瞬間が、私には見えなかった。気が付いたらこうなっていて……」

 するとゲンジが、流れるような仕草で剣を鞘に収め、ギラン将軍に一礼した。

「御無礼仕った、将軍」

「……異人よ、貴様いったい何をした?」

 ギラン将軍が(うめ)くように言った。

「将軍の戦斧の柄元を、峰打ちさせていただいた。閣下の一撃は重く、受ければ拙者の刀が砕けかねなかったゆえ」

「そんなことが、可能なのか……?」

「ただ今、ご覧になった通りにござる」

 穏やかに告げるゲンジに、レイアが声をかけた。

「海の彼方、遙か東の島国に、剣を鞘に納めたまま敵を迎え、瞬間に抜き放ち斬り倒す、異相の剣術があると聞いたことがあります」

「『居合術』は、この地にも知られており申したか」

 ゲンジは微笑んだのだろうけど、相変わらず口はへの字のままだった。

「そうか……、これが噂に聞く『居合術』か」

 ギラン将軍は呟くと、ゲンジに向けて熊のような巨躯を折り曲げて、礼を示した。

「お主の力量も知らず、ただの異人呼ばわりしたこと、このギランの不明であった。水に流してもらえるか?」
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