ミーリア国戦記〜癒しの姫は、仲間たちと王国を守り抜く〜

今は未だ見ぬ人


 夜も遅くなって、ようやく解放された。

 晩餐会の豪華な食事も、きらびやかな会場の雰囲気も、いつ果てるとも知れない列席者との会話も、全てが記憶に残らなかった。

 食後、一部の人々はサロンへ移動して談笑を続けたようだけど、私はそれを丁重にお断りして、晩餐会場を下がった。

 下がり際、お父さまがわざわざ席を立たれて、私をそっと抱きしめてくれた。

「よく耐えたな、リアナ。後は私と(きさき)でとりなしておくゆえ、部屋に下がって休むがよい。気分がすぐれなければ、明日の朝食も欠席して構わぬ」

「お父さま……」

 お父さま、リアナはお父さまやお母さまとご一緒にお食事するのが好きです。
 皆で微笑みあって、優しい言葉を交わしながら、皆に囲まれてお食事するのが大好きです。
 なのに、この晩餐会は──。

 輝くティアラも、きらきらしたドレスも、いつも飛び立つくらいに胸が高鳴るのに、今夜は戦鎧よりも重く感じた。

 侍女たちに礼装を解いてもらって、薄い夜着に着替えると、私は寝台に身を投げ出して、ふかふかの枕に顔を埋めた。
 そして声を上げずに、泣いた。

「にゃあ」

 顔をあげると、枕元にヴァールが乗って、 
大きな碧い目でこちらを見ていた。

「ヴァール……心配してくれるの?」

「にゃあ」

 ヴァールは私の頬に身を擦り付けると、舌でぺろぺろ舐め始めた。
 ちょっとざらざらして、痛かったけど。

 そんなとき、急にどこかで夜気を斬り裂く音がした。
 ヴァールも音のした方に顔を上げて、ぴんと耳を立てている。
 どうやら窓の外から、その音は流れてくるようだった。

 夜着のまま月明かりのバルコニーに出て下を見回すと、階下の庭園の噴水のそばで、ゲンジが剣の素振りをしていた。

 ゲンジの素振りは、騎士たちがするそれとは違っていて、同じ動作を繰り返さない。
 横に薙ぎ、半回転して真っ直ぐ斬り下ろし、すくい上げて引く。
 そして飛ぶように前に出て、突く。

 それは剣術の稽古というより、美しい舞のようだった。
 そう言えば、ゲンジの生まれた東の島国には、神々に捧げる剣の舞があると聞いたことがある。
 名前は──なんだっけ?

 私は急にゲンジと話がしたくなって、夜着のまま寝室を抜け出した。
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