ミーリア国戦記〜癒しの姫は、仲間たちと王国を守り抜く〜
庭園にはあちこちに、ベンチや果樹の棚がかけてある。私たちはその一角に移って、腰をおろした。
未だ実のなる季節ではないけれど、果樹の花の甘やかな匂いが、月明かりの中に漂っていた。
ゲンジは「御免」と一声かけて、私の斜め前に腰掛けた。
「して、ご要件はなんでござろう」
「……」
「晩餐会で、何かあり申したか?」
驚いて顔をあげる私に、ゲンジは目元だけで微笑みかけて、
「何でも見透される軍師殿には及ばぬが、拙者とてその程度の推察は付き申す。おおかた、他国の御使者や王子殿等の無遠慮な視線に、いたたまれなくなったのであろう」
ゲンジの静かな声を聞いていると、それだけで涙が込み上げてくる。
「ごめん……なさい……」
肩が震えだして、溢れる涙を止められない。
ヴァールが私の肩にぴょんと飛び乗って、気遣うように「にゃあ」と鳴いた。
「謝ることなどあるまい、姫君」
ゲンジが言った。
「ここには拙者と猫殿しかおらぬ。胸のつかえが消えるまで、存分に泣かれるがよかろう。もっとも、あまり大声で泣かれると、宿直の者に気付かれるやもしれぬが」
ゲンジなりに冗談めかして言ってくれたのかもしれないけど、全然冗談になっていなくて、でもそれがゲンジらしくて、私の悲しみも少しだけ薄れたようだった。
蒼い月明かりに照らされて、私はこの無口でへの字口で、心優しい剣士に見守られながら、いつまでも涙を流し続けていた──。