ミーリア国戦記〜癒しの姫は、仲間たちと王国を守り抜く〜
丸い月から降り注ぐ光は優しくて、噴水や水路から聞こえる水音は穏やかで、果樹の花々の薫りはいたわるように甘かった。
ゲンジの口調は朴訥で、東方の言い回しはよくわからないことも多いけど、今はそれも心地いい。
この優しい夜気の中で、ゲンジは私に、こう言ってくれた。
「皆から想われる姫君は、何より御身が幸せになられなければなりますまい。それがまた、この国の方々の幸せとなり申そう。姫君の言われる『王女の務め』とは、そのようなものではないかと、拙者は思料いたす」
「……」
胸がいっぱいで、言葉が出てこない。
私は彫りが深くて精悍だけど、いつもへの字口のゲンジの顔を、ただじっと見詰めていた。
「ご無礼仕った。拙者はこれにて」
一礼して席を立とうとするゲンジを、
「待ってください、まだ教えていただきたいことがあります」
そう言って引き止めてしまった。
そして不思議そうな顔をするゲンジに、
「ゲンジ。あなたには、どちらかに想われるお方が見えますか?」
軽々しく王女が口にしてはならない台詞を、私は口にしてしまった。
ゲンジは目を閉じて、黙った。
私は抑えが効かなくなって、言葉を重ねてしまった。いつもならとても恥ずかしくて、言い出せないことを。
「ごめんなさい。私、まだ殿方を恋しいと感じたことがないのです。恋とは何なのか、よく分からなくて──。だから、貴方の恋がどんなものなのか、教えてほしくて……」
そこまで聞いて、急にゲンジが吹き出した。
「私は真剣ですよ、ゲンジ」
「申し訳ござらん。しかし──」
ゲンジは今度は真顔になって、
「拙者のごとき朴念仁には、答えようのない質問でござるな」
「ボク、ネン……?」
「色恋下手のことでござる。左様な問は、軍師殿になさるがよかろう。かの御仁ならば虚実入り混ぜて、事細かに語ってくださるであろうよ」
「待ってゲンジ、最後に一つだけ」
私はゲンジの目を見て、言った。
「私の恋する御方は、今どちらに見えるのでしょうか」