ミーリア国戦記〜癒しの姫は、仲間たちと王国を守り抜く〜
ロズモンド国境まで、通常の行軍では3週間かかる。幸いなことに、王太子の籠もる砦が陥落したという噂はまだ流れて来ない。
「なぜロズモンドは、レオン王太子の砦を攻め落とすことができないのでしょう?」
私は日暮れ前のわずかな時間、天幕を訪ねてくれたリヴァイ王子とハヴェル卿に訊いてみた。
一日の行軍を終えて、天幕を設営して夕餉の支度をするこの時間、ベルナルドとゲンジの他にリヴァイ王子とハヴェル卿も私の天幕に来てくれるようになって、この短い時間が私たちの大切な作戦会議の場になっていた。
私と同じ天幕で寝起きするレイアは、もちろん一緒にここにいて、ドーリア卿とギラン将軍はこの会議の間、私たちの代わりに兵たちの面倒を見てくれている。
「王太子の籠もるアリョーガ砦が、難攻不落の要害ということもあるのでしょうが」
私の問いに、ハヴェル卿が穏やかな声音で説明してくれる。
「どうやらそれだけではなさそうですね。ロズモンド軍の中にも、レオン王太子に心を寄せる者が大勢いるのでしょう。王命には逆らえない、しかし王太子は攻めたくない。そう感じた将や兵たちはどうすると、妃殿下は思われますか?」
「……なるほど。ロズモンドの将兵がわざと参集に時間をかけたり、攻囲陣に加わっても手心を加えている。ハヴェルさまはそう考えていらっしゃるのですね」
「ご明察です、妃殿下。それと……」
ハヴェル卿は、白皙の眉目に苦笑いを浮かべて言った。
「私のことはハヴェルとお呼びくだされば結構ですよ。なぜリヴァイやドーリア卿はとうに『さん』付けなのに、私だけ『さま』のままなのですか?」
「ハヴェルさまが私のことを、リアナとお呼びくださらないからですわ」
「おい姫さん。俺の目の前でハヴェルとイチャつくなんて、酷すぎるぜ」
そんな軽口のやりとりに、リヴァイ王子も陽気に絡んできてくれる。
「こりゃ負けてられねえな。だったら俺のことはこれから、リヴァイと呼び捨てにしてくれ。代わりに──」
「ええ。どうか私のことも、リアナとお呼びくださいね」
とても作戦会議とは思えない私たちの会話を、ベルナルドとゲンジは暖かい目で、レイアは早成りの山葡萄をかじったような渋い顔で、見守っていてくれる。