ミーリア国戦記〜癒しの姫は、仲間たちと王国を守り抜く〜
東方の剣士
野営地での夜、天幕の外で言い争う声が聞こえた。
私とレイアは夜着に着替えようとしていたところだったけど、仕方なく内衣に剣を帯びて、天幕の外に出た。ヴァールも一緒についてきた。
外に出てみると、大篝火を囲むように、人の輪ができていた。
「何を騒いでいるか、姫君様の御前であるぞ!」
レイアの声に、集まっていた皆が口々に「姫君だ」「リアナ姫様だ」と呟きながら、私たちに跪いた。
ただ一人を、除いて。
「貴様、姫君様の御前である。頭を下げぬか!」
一人だけ立ったまま、挑むようにこちらを見たのは、異風の装束に身を包んだ、髪の長い剣士だった。
「無礼者、頭を下げよ!」
「頭を垂れるは打首の所作、武士の作法ではござらぬ」
剣士は落ち着いた声でそう言うと、立ったまま腰から、上体をゆっくり前に傾けた。
「姫君に御無礼仕った。まだこの地に至りて日も浅いゆえ、御当地の作法にも慣れぬ。赦されよ」
悪びれた様子もない口振りに、レイアは目を吊り上げて歩み寄ろうとしたけれど、私はそれを手で制した。
「異邦からみえたのでは、多少の作法違いもありましょう。そんな些細なことより、遠き地よりわが王国の危急に馳せ参じてくれたこと、嬉しく思います」
「滅相もござらぬ」
恐縮した剣士を見ながら、レイアが、
「雇い入れた傭兵の一人のようです」
と私に耳打ちした。
私は小さく頷くと、あらためてこの、異邦の剣士に声をかけた。
「私はミーリア王の娘、リアナです。貴方のお名前は?」
「拙者、水木源次郎と申す。姫君の丁重なご対応、まことに痛みいる」
「ミズ、キ……?」
「ゲンジとお呼びくだされ、姫君」
剣士は微笑んだつもりのようだったが、口はへの字に曲がったままだった。それさえ無ければ、かなりの美形なのに──。
「なによあんた、笑うのか怒るのかどっちかにしなさいよ!」
口を挟むレイアに、
「この顔は生まれつきのもの。不快を与えたのなら相済まぬが、剣は顔で振るうものではあるまい? 騎士殿」
ゲンジはさらりと言ってのける。
レイアとの相性は悪そうだ。