初恋の味は苦い
もうすっかり夏は終わって、夜は秋のようだ。9月はそんな空気が一ヶ月続く。涼しさと寂しさを感じながら、仕事帰りの夜の街を一人歩いているとスマホが振動した。

電話は基本的に業務用ばかりなので癖でポケットの中のそれに触れてみたけど違った。

珍しくプライベートの着信のようだ。

パソコンの入った重いリュックを背中からお腹側にぐるりと移し、外側のポケットからスマホを取り出す。

見覚えのない番号に身構えながら、受信した。

「もしもし?」
「もしもし」
「もしもし、森山ですけど」
「もしもし、多田ですけど」

その声に私は次の言葉を見失う。私が固まってるのを察知したのか、向こうが先に言葉を続けた。

「変わってないんだね、番号」

私の足は地下へと伸びる駅に入ろうとしたが、なんとなくUターンする。

と、振り向いた先にスマホを耳にあてた彼がいた。

彼は驚く私を見ていたずらっぽく笑う。

「まだ残ってた」

仕事を終えたばかりの人たちが駅へと吸い込まれていくけど、私の足は動かなかった。

「りっちゃんの連絡先、まだ残ってた」

彼は繰り返し言った後、恥ずかしそうに笑う。

黒歴史だとか、彼女がいるとか、散々私を落ち込ませといて、その変わらない顔を見せるのはどうなんだろう。

私の耳元では通話が終わった。彼はスマホをポケットにしまいながら私の方に歩み寄る。

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