初恋の味は苦い
「ご飯、まだでしょ」
「なんで」
「久しぶりに一緒に食べないかなと思って。嫌だったらいいけど」
「・・・」
「仕事のこととか、聞きたいことたくさんあるし」

スマホを右手にぶら下げたまま立ち尽くしていた私を、彼は自然と人が通らない端の方へと誘導する。

「別に無理に、とは言わないけどさ」
「いや、大丈夫だけど」

大丈夫だけど、あなた彼女が心配しないのですか。

私との過去はなかったことにするんじゃないのですか。

少しその目を睨むように下から伺うけど、笑顔だけは全く変わらなかった。

私はこの笑顔に弱い。

「じゃあ、行こ。店知らんけど」

そう言って彼はさらに笑った。

そして静かに私の空いていた左手を引いた。
こんな会社の最寄駅で。

誰かに見られたらどうするんだろう、とそこまで頭が回るわけでもなく、私はつい、そういえばこんな感じで毎日のように部活帰りの放課後を二人で過ごしてたな、なんて思ってしまった。

彼にとって黒歴史の過去を。

私たちはオフィス街から一本曲がった、川沿いの静かな通りへと歩みを進めた。

そこだけはまだ少し、湿っぽい夏の名残りのような空気が残っていた。
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