初恋の味は苦い
こんな空気は周りの人間まで心臓がキュッとなる。祥慈の顔を見てられなかった。

技術部の次長が保科さんのところに行ったのが分かった。

「とりあえずもう明日からダイマツに多田を向かわせて、契約書だけ日付明日で差し替えてもらって」

保科さんが渋々頷く。

「森山さん」

突然私の名前が呼ばれ、驚いて振り向く。保科さんだ。

「今すぐダイマツの八島さんに電話して。契約書差し戻しでって」
「はい」

私はスマホで八島さんの番号を探してる間、背後から声がした。

「お前、とりあえずもう名古屋向かえ」

それは技術部の次長が祥慈に向けて言ってる言葉だった。

「はい」

荷物をまとめ始める祥慈をつい私は目で追う。私の耳元で呼び出し音が鳴る。

その間に祥慈は静かに私の方を見た。

お互い目が合うと、呼び出し音が止まり電話の向こうで「はい」と声がした。八島さんの声だ。

私は姿勢を正し、今回のことを詫びた上で契約書の差し戻しをお願いする。

その間に、祥慈は静かにオフィスを出て行った。

あっという間の出来事だった。
祥慈は名古屋へ行った。
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