不倫ごっこしてみませんか?―なぜあなたも好きになってはいけないの?
第13話 アリバイ工作への加担
土曜日の早朝、秋谷君からメールが入ったのに気が付いた。
[昨晩は一緒に飲んでいたことにしてくれ、頼む]。
すぐにアリバイ作りだなと思った。秋谷君らしくない、何ごともぬかりなくしているはずなのにと思った。すぐに[了解]と返信した。
朝食を終えた9時半ごろに家の電話が鳴った。この頃としては珍しい。めったに固定電話には連絡が入らない。廸が電話に出た。そしてすぐに僕を呼んだ。
「秋谷さんの奥さんから、あなたに出てほしいって」
「吉田です。ご主人にはいつもお世話になっております。ご主人に何かあったのですか?」
「すみません。お休みの日の早朝に」
「いえ、何か?」
「主人が昨晩は吉田さんとご一緒したというので、本当かどうかを内々に確認させていただきたくて、お電話しました」
思っていたとおりだった。秋谷君のために嘘をついてアリバイ作りをしてあげることにした。
「それなら、昨晩は秋谷君と居酒屋で飲んでいました。話が弾んでずいぶん遅くまで付き合わせてしまいました。申し訳ありませんでした」
「そうですか。ありがとうございます。安心いたしました。奥さまにご挨拶したいので、もう一度代っていただけませんか?」
「順子さんが君に挨拶したいそうだ」
秋谷君とは結婚式に招待し合ったし、新婚のころお互いの新居に招待し合ったことがある。廸と順子さんは顔見知りだ。そばで聞いていた廸に受話器を渡した。しばらく廸は順子さんの話を聞いていた。
「ええ、昨晩の主人ですか?」
廸が僕の顔を見ながら言った。僕はすぐにうんうんと頭を上下に振って合図した。
「主人は昨晩、秋谷さんと居酒屋で飲んできたといっておりました」
「ええ、ずいぶん楽しかったみたいです」
「いいえ、お気になさらないで下さい。今後ともよろしくお願いいたします」
廸は電話をおいて僕をじっとみた。
「ありがとう。話を合わせてくれて。秋谷家の家庭円満のためだ」
「秋谷さんは順子さんに内緒で悪いことでもしているの?」
「順子さんは何て言っていた?」
「昨晩、娘さんが急に熱を出したので早く帰ってきてほしいと電話したそうなの。でも電話がつながらなくて困ったそうよ。それで遅く帰ってきたので、問いただしたら、あなたと居酒屋で飲んでいて、周りがうるさかったので気付かなかったと謝っていたそうよ。以前にもこういうことがあったので、心配になって、今回はご主人には内緒であなたに確かめてみたそうよ」
「秋谷君にも困ったものだな。あんなよい奥さんがいるのに」
「何かしているの?」
「僕と飲んでいたことにしたのは、僕が安全パイだと思っているからだろう。何かあるのかもしれないな」
「何かって?」
「ひょっとして風俗にでも行って遊んでいたのかな?」
「どうしてそう思うの?」
「以前、連れて行ってもらったことがあるから」
「以前っていつ?」
「君と結婚する前、ずいぶん昔のことだ」
「今はどうなの?」
「誘われたことはあるが、僕は行っていない。誓って結婚してからは行っていない。本当だ」
「まあ、私が知らない時のことだから、しょうがないわね」
廸は気配りのできる女性だ。秋谷家にわざわざ波風を起こすことはしない。安心した。秋谷君は腋が甘い。最近特にそう思うようになっている。僕にしかアリバイ工作を頼めなかったところをみるとやはり順子さんに説明できないようなことをしていたとしか考えられない。上野さんに会っていたに違いない。今度会ったら本当のところを聞いて注意しておこう。
◆ ◆ ◆
あれから1か月ほどしてほとぼりが冷めたころ、秋谷君を飲みに誘った。今度は僕と飲むことを順子さんに話しておくように言っておいた。もちろん、廸にもこの飲み会のことを話しておいた。
飲む場所はもちろんアリバイ工作に使ったいつものうるさい居酒屋にした。待ち合わせ時刻を少し過ぎて秋谷君が現れた。
「このまえはすまん。恩に着る。うまくとりつくろえた」
「奥さんは内々に確認したいといっていたけど」
「あとで話してくれたが、おまえと廸さんに確認して安心したと言っていた」
「廸が気を使ってくれた。それでもう二度とああいうことは無しにしてくれ。僕にとばっちりがかかりかねないから」
「分かっている。これから気を付ける」
「それで本当のところはどうなんだ?」
「実は浮気していた」
「誰と? やはり上野さんか?」
「いや、吉田君とは面識のない人だ。彼女とは間隔をできるだけあけるように気をつけている」
「あきれるなあ、別の人? もっと詳しく話せ。僕には聞く権利がある」
「ああ、以前話したことがあると思うけど、既婚者合コンのこと」
「確か、気の合った人がいて名刺交換をしたと言っていなかったか?」
「その彼女から連絡が入った。あの晩の2~3日前に食事でもしませんかと。それで受けた。ご主人が出張でいないからとのことだった」
「どんな人?」
「一流商社のキャリアウーマンだ。Kさんとでも言っておこうか。38歳で2歳下。子供はいない」
「それで?」
「まあ、なるようになった」
「秋谷君はそういうことには長けているから、さすがだな。僕には到底まねできない。まあ、する気もないけどね」
「気が合ってなかなか良い人だった」
「一回限りにしておいた方が良いと思うけどな」
「付き合いを続けることにした。どちらもお互いの家庭は壊したくなくて、ただ会って、話をして慰め癒し合うだけで、そして絶対に分からないようにしようと約束した。次回からはもっと慎重に会うことも」
「慰め癒し合うって? 順子さんや上野さんとは違うのか?」
「どちらでもないような気がする。なあ、このごろ思うようになっているんだが、男って一人の女性だけと一生を共にしなければいけないのか? どう思う?」
「どう思うって? どうしてもとは思わないけど、ほかの人もとなると現実的に難しくないか? それに一人の女性を幸せにすることも大変なことなのに、ほかの人も幸せにすることなんてできるのか?」
「それができればいいんじゃないか? そう思うようになってきている」
「それは浮気の言い訳のように聞こえるけどな。女性の幸せがどういうことなのか、男の僕にはよく分からない。順子さんだって、上野さんだって、そのKさんだって分かっているのかどうか。それにそれぞれ幸せの考え方も違っているだろう。とにかく絶対にばれないようにしてくれよ。アリバイ作りはもう無しで頼む。廸がいつも協力してくれるとは限らないからな」
秋谷君の浮気癖にも困ったものだ。ただ、彼の言っていた「男って一人の女性だけと一生を共にしなければいけないのか?」の問いはどこかで聞いたことがあった。直美もあれによく似たことを言っていた。
でも直美が女性の立場で言うのと、秋谷君が男性の立場で言うのとは違っているような気がする。これは男女平等に反するかもしれないが、男には女性に対する責任みたいなものがもっと重い気がする。
僕は直美とのことがあるから「どうしても、とは思わないけど」と言葉を濁した。それに秋谷君とそのKさんとの関係はどこか僕と直美の関係に通じるものを感じた。
秋谷君と上野さんとの関係はどうなっているのだろうか? 秋谷君が彼女のことを話さなかったのでこちらもあえて聞かなかった。水面下では続いているのだろう。
[昨晩は一緒に飲んでいたことにしてくれ、頼む]。
すぐにアリバイ作りだなと思った。秋谷君らしくない、何ごともぬかりなくしているはずなのにと思った。すぐに[了解]と返信した。
朝食を終えた9時半ごろに家の電話が鳴った。この頃としては珍しい。めったに固定電話には連絡が入らない。廸が電話に出た。そしてすぐに僕を呼んだ。
「秋谷さんの奥さんから、あなたに出てほしいって」
「吉田です。ご主人にはいつもお世話になっております。ご主人に何かあったのですか?」
「すみません。お休みの日の早朝に」
「いえ、何か?」
「主人が昨晩は吉田さんとご一緒したというので、本当かどうかを内々に確認させていただきたくて、お電話しました」
思っていたとおりだった。秋谷君のために嘘をついてアリバイ作りをしてあげることにした。
「それなら、昨晩は秋谷君と居酒屋で飲んでいました。話が弾んでずいぶん遅くまで付き合わせてしまいました。申し訳ありませんでした」
「そうですか。ありがとうございます。安心いたしました。奥さまにご挨拶したいので、もう一度代っていただけませんか?」
「順子さんが君に挨拶したいそうだ」
秋谷君とは結婚式に招待し合ったし、新婚のころお互いの新居に招待し合ったことがある。廸と順子さんは顔見知りだ。そばで聞いていた廸に受話器を渡した。しばらく廸は順子さんの話を聞いていた。
「ええ、昨晩の主人ですか?」
廸が僕の顔を見ながら言った。僕はすぐにうんうんと頭を上下に振って合図した。
「主人は昨晩、秋谷さんと居酒屋で飲んできたといっておりました」
「ええ、ずいぶん楽しかったみたいです」
「いいえ、お気になさらないで下さい。今後ともよろしくお願いいたします」
廸は電話をおいて僕をじっとみた。
「ありがとう。話を合わせてくれて。秋谷家の家庭円満のためだ」
「秋谷さんは順子さんに内緒で悪いことでもしているの?」
「順子さんは何て言っていた?」
「昨晩、娘さんが急に熱を出したので早く帰ってきてほしいと電話したそうなの。でも電話がつながらなくて困ったそうよ。それで遅く帰ってきたので、問いただしたら、あなたと居酒屋で飲んでいて、周りがうるさかったので気付かなかったと謝っていたそうよ。以前にもこういうことがあったので、心配になって、今回はご主人には内緒であなたに確かめてみたそうよ」
「秋谷君にも困ったものだな。あんなよい奥さんがいるのに」
「何かしているの?」
「僕と飲んでいたことにしたのは、僕が安全パイだと思っているからだろう。何かあるのかもしれないな」
「何かって?」
「ひょっとして風俗にでも行って遊んでいたのかな?」
「どうしてそう思うの?」
「以前、連れて行ってもらったことがあるから」
「以前っていつ?」
「君と結婚する前、ずいぶん昔のことだ」
「今はどうなの?」
「誘われたことはあるが、僕は行っていない。誓って結婚してからは行っていない。本当だ」
「まあ、私が知らない時のことだから、しょうがないわね」
廸は気配りのできる女性だ。秋谷家にわざわざ波風を起こすことはしない。安心した。秋谷君は腋が甘い。最近特にそう思うようになっている。僕にしかアリバイ工作を頼めなかったところをみるとやはり順子さんに説明できないようなことをしていたとしか考えられない。上野さんに会っていたに違いない。今度会ったら本当のところを聞いて注意しておこう。
◆ ◆ ◆
あれから1か月ほどしてほとぼりが冷めたころ、秋谷君を飲みに誘った。今度は僕と飲むことを順子さんに話しておくように言っておいた。もちろん、廸にもこの飲み会のことを話しておいた。
飲む場所はもちろんアリバイ工作に使ったいつものうるさい居酒屋にした。待ち合わせ時刻を少し過ぎて秋谷君が現れた。
「このまえはすまん。恩に着る。うまくとりつくろえた」
「奥さんは内々に確認したいといっていたけど」
「あとで話してくれたが、おまえと廸さんに確認して安心したと言っていた」
「廸が気を使ってくれた。それでもう二度とああいうことは無しにしてくれ。僕にとばっちりがかかりかねないから」
「分かっている。これから気を付ける」
「それで本当のところはどうなんだ?」
「実は浮気していた」
「誰と? やはり上野さんか?」
「いや、吉田君とは面識のない人だ。彼女とは間隔をできるだけあけるように気をつけている」
「あきれるなあ、別の人? もっと詳しく話せ。僕には聞く権利がある」
「ああ、以前話したことがあると思うけど、既婚者合コンのこと」
「確か、気の合った人がいて名刺交換をしたと言っていなかったか?」
「その彼女から連絡が入った。あの晩の2~3日前に食事でもしませんかと。それで受けた。ご主人が出張でいないからとのことだった」
「どんな人?」
「一流商社のキャリアウーマンだ。Kさんとでも言っておこうか。38歳で2歳下。子供はいない」
「それで?」
「まあ、なるようになった」
「秋谷君はそういうことには長けているから、さすがだな。僕には到底まねできない。まあ、する気もないけどね」
「気が合ってなかなか良い人だった」
「一回限りにしておいた方が良いと思うけどな」
「付き合いを続けることにした。どちらもお互いの家庭は壊したくなくて、ただ会って、話をして慰め癒し合うだけで、そして絶対に分からないようにしようと約束した。次回からはもっと慎重に会うことも」
「慰め癒し合うって? 順子さんや上野さんとは違うのか?」
「どちらでもないような気がする。なあ、このごろ思うようになっているんだが、男って一人の女性だけと一生を共にしなければいけないのか? どう思う?」
「どう思うって? どうしてもとは思わないけど、ほかの人もとなると現実的に難しくないか? それに一人の女性を幸せにすることも大変なことなのに、ほかの人も幸せにすることなんてできるのか?」
「それができればいいんじゃないか? そう思うようになってきている」
「それは浮気の言い訳のように聞こえるけどな。女性の幸せがどういうことなのか、男の僕にはよく分からない。順子さんだって、上野さんだって、そのKさんだって分かっているのかどうか。それにそれぞれ幸せの考え方も違っているだろう。とにかく絶対にばれないようにしてくれよ。アリバイ作りはもう無しで頼む。廸がいつも協力してくれるとは限らないからな」
秋谷君の浮気癖にも困ったものだ。ただ、彼の言っていた「男って一人の女性だけと一生を共にしなければいけないのか?」の問いはどこかで聞いたことがあった。直美もあれによく似たことを言っていた。
でも直美が女性の立場で言うのと、秋谷君が男性の立場で言うのとは違っているような気がする。これは男女平等に反するかもしれないが、男には女性に対する責任みたいなものがもっと重い気がする。
僕は直美とのことがあるから「どうしても、とは思わないけど」と言葉を濁した。それに秋谷君とそのKさんとの関係はどこか僕と直美の関係に通じるものを感じた。
秋谷君と上野さんとの関係はどうなっているのだろうか? 秋谷君が彼女のことを話さなかったのでこちらもあえて聞かなかった。水面下では続いているのだろう。