不倫ごっこしてみませんか?―なぜあなたも好きになってはいけないの?

第15話 逢瀬(5)直美の友人の不倫発覚と初体験ごっこ

11月5日(金)から2泊3日で帰省した。直美とはもちろん事前に日にちを擦り合わせておいた。

午後7時ごろにチェックインして部屋に入るとすぐに直美にメールする。[1133到着]。すぐに返信があった。[友人と食事中]。相手は上野さんに違いないと思った。

九時を過ぎたころに部屋に電話が入った。

「今、戻ってきました。1205号室です。お菓子がありますので、いらっしゃいませんか?」

「すぐに行きます」

部屋をノックするとすぐに中に入れてくれた。久しぶりだ。気持ちが治まるまで抱き合う。直美はそれから困ったというように話し始めた。

「この前お話してあなたの意見を聞いた友人のことなんだけど」

想像したとおり、食事して会っていたのは上野さんだった。名前は出さなかったが、間違いなかった。

「確かこの前、相手の気持ちを確かめた方がよいとか話していたね。それでどうなったの?」

「あれから、相手の気持ちを確かめたそうよ。それで浮気と本気の間で、それは二人ともそう思っていると確認できたそうよ。それで分からないように会い続けることにして、月に1回は会っていたそうです」

「それなら、今日わざわざ君に相談する必要もないだろうに」

「ところがそれがご主人にばれてしまったみたいで、ご主人が家出をしたそうなの。それでどうしたらよいかとの相談だった」

「ええ、やはり発覚した? 最悪の結末だな。覚悟の上の浮気だったのだろう。いまさらどうしたら良いのかはないだろう」

「彼女も後悔して動揺していたわ」

「詳しく話してくれる?」

直美の説明によると、彼女の夫は婿養子だった。同い年で見合結婚とのことだった。13歳になる息子がいる。夫はお見合いで彼女がとても気に入って婿養子なることに同意した。それで長男が生まれて、彼女の両親も跡取りが生まれてとても喜んでいたそうだ。

相談というのは、ご主人が置手紙をして家出したことだった。その手紙には、ここしばらくは東京へ買い物に行くと言って家を空けることが度々なので、心配して自分が尾行して調べたら、男性と会っているのが分かったと書いてあった。

そして、彼女には好きな人がいるようだから、自分は家を出ることにしたと、彼女には幸せになってほしいと書かれていた。

それから長男が生まれて跡取りはできたから、自分は役目を果たした。あとは自由に生きたいと書かれていた。また、自分の分を記入した離婚届が同封されていた。

彼女は自分のしたことの重大さが初めて分かった。失ってからご主人の大切さが分かったという。それで帰ってきてもらいたいけど、どうしたら良いかという相談だった。

「それでどう相談にのってあげた?」

「二人で会ってよく話をしたらどうかって。そして正直に会っていた人は高校の同級生で結婚を反対されて別れた人だと話すこと、けれども彼とは何もない、ただ、懐かしくて会っていただけだと主張すること、昔も今も男女の関係があったことは絶対に認めてはいけないと言っておいたわ」

「『覆水盆に戻らず』でご主人の決心は変わらないと思うけどな」

「それでもそれが糸口になると思うの。絶対になかったと信じられるか、信じられないかは、彼が彼女をどの程度好きだったか、愛していたかにかかっていると思うの。だって手紙には彼女に幸せになってほしいと書かれていたから、彼女を憎んでいたならそういうことは書かないはずだから」

「糸口というのはそういう意味か? もし僕が彼女の夫だったとして、今まで彼女を深く愛していたのなら、その絶対になかったという言葉に救いを見出すことができるかもしれないな。可能性は低いがゼロではないかもしれない」

「そう思う?」

「それに元彼とは昔も何もなかったということは重要なことだと思う。『男は最初の男になりたがり、女は最後の女になりたがる』劇作家オスカー・ワイルドの言葉だ。聞いたことはないか? 僕も妻が自分が初めてだったのがとても嬉しかったことを覚えている。それでもっと好きになった」

「初めてなんて本当に分かるの? 初めての時のことを思い出して繰り返せばよいだけのことよ」

「そんなに簡単なことか? 君はどうだったの? 今のご主人が初めてだったんじゃないのか?」 

「ご想像にまかせます」

「僕はそう思っているけど、ええっ、違うのか? そんなものなのか?」

「彼女をどのくらい好きかで判断は変わってくると思います。好きならそう信じたいでしょう」

「確かに、でも僕の場合は直観的にというか本能的に分かった・・・ような気がする。自信がなくなってきた。いや間違いなくそうだと思っているけど」

「そうね、彼女の場合もそのとき演技したことは普通に考えられるわ」

「それでご主人がその時そう思ったかどうか? ご主人の経験人数にも関係すると思うけど」

「ご主人は彼女が初めてだったみたい。彼女はそう言っていたわ」

「それなら、ご主人は彼女も初めてだったと思った確率は高いかもしれないな。糸口はあるということかな」

「だから、そう忠告したのよ」

「うまく復縁できるといいけどな」

「二人のことは二人で解決するしかないから、できるだけ相談には乗ってあげたけど、私たちは決してあんなことになってはいけないと、つくづく思ったわ」

「怖気づいた?」

「いえ、私たちは分からないように万全を期しているから、大丈夫」

「ところで、今日の二人のこの後のことについてひとつ提案があるんだけど」

「言ってみて」

「さっき言っていただろう。『初めてなんて本当に分かるの? 初めての時のことを思い出して繰り返せばよいだけのことよ』って」

「ええ」

「『初体験ごっこ』をしてみないか? 十年以上も前に戻って初めての時のことを繰り返してみてもらえないかな。僕もその時に戻って君を初めて愛してみたいから」

「すごく良いことだと思う。私たちの原点に戻れるような、置き忘れてきたものを取り戻すことができるような気がするわ」

「じゃあ、二人がホテルの部屋に着いた時から始めてみないか?」

◆ ◆ ◆ 
直美は僕の胸に顔をうずめて眠っている。少し前までしがみついて泣いていた。声は聞こえなかったが確かに泣いていた。しがみついていた手からはもう力が抜けている。僕は本当に彼女が初体験をしたように今も感じている。

「初体験ごっこ」の始まりからここまでをもう一度思い返してみている。僕はあのころの自分に戻っていた。正確には今の自分があのころに戻っていたというべきだろう。あのころならきっとできなかったことを今はしたのだから。

部屋に入るとすぐに後ろから直美を抱きしめた。彼女はこうなることは分かっていたのだろうが、身体を硬くした。じっとして動かない。ゆっくりこちらを向かせると彼女は目を閉じて少し上向き加減になってキスを待っていた。身体は硬いままなのに上下の唇だけがとても柔らかだった。

二人はベッドに腰かけた。その時初めて直美は僕をしっかり見つめた。そして彼女の方から抱きついてきた。その力の強さに彼女の決心を感じることができた。僕は再びキスをして彼女を着ているものをゆっくり脱がしていった。その間も彼女は身体を硬くしたままだった。

耳や首を唇でなぞっていった。乳首を口に含んだ時、声が漏れて身体がピクンとした。その時から身体の力が少しずつ抜けていった。

二人がひとつになろうとしたとき、彼女はまた身体を硬くした。「力を抜いて」と耳元でささやいたが、力が入ったままだった。そのあとも身体から力が抜けることはなかった。

だからなおさら痛くて辛かったのだろう。僕は直美の手を握った。ずっと顔をしかめて耐えているように見えた。その手を強く握り返してきた。僕は途中で止めた。廸の時もそうした。これ以上は無理だと思ったからだ。

身体を離すと、彼女は抱きついてきた。あの最初にベッドで抱きついてきたときと同じ強い力だった。僕もしっかり抱き締め返していた。

直美と廸は違っていた。同じと思える部分と違うと思う部分が入り混じっていた。ひとそれぞれなのは当たり前だ。廸と直美は初めてだったのだと自然に思えた。

◆ ◆ ◆
直美が動いたので目が覚めた。窓の外が薄明るくなっていた。午前6時だった。直美は僕の胸に顔をうずめてもぞもぞと蠢いている。直美のいつもの髪の匂いがする。廸とはまた違った匂いだ。どちらの匂いも僕は好きだ。

直美は顔を上げたかと思うと目を開いて僕を見つめた。僕はおでこに口づけをした。

「ありがとう。とても嬉しかった」

「こちらこそ、ありがとう」

「うまくできましたか? よく分からなくて」

「ああ、できたよ、でも最後まではいけなかった」

この会話、どこかであった。廸とその時に交わした会話だった。

「僕は初めてだと思った。今もそのとおりの言葉だったから」

「そう思ってくれて嬉しいわ。あなたとだからうまくできたのだと思います。そういう思いというか、そういう願望があったから。ほかの人だったらきっとこうはできなかったと思います」

「その時の二人の相手を思う気持ち次第ということか?」

それから直美はまた僕に抱かれて眠ってしまった。僕が廸のことを思ったのはなぜだろう?
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