私の何がいけないんですか?

1.僕と踊ってくれませんか?

「俺と踊っていただけませんか?」


 ずっとずっと待ち望んでいた言葉。胸が高鳴る。
 だけど顔を上げたその瞬間、私は天国から地獄へ一気に転がり落ちた。


「喜んで」


 声を掛けられたのは私じゃない。隣の御令嬢だった。ダンスホールへ向かう二人を見送りながら、ため息が漏れる。


(今夜もダメなの?)


 社交界デビューから二年。数えきれないほど夜会に出席しているというのに、ダンスに誘われたためしがない。

 もしも救いようの無いほど醜い顔をしているとか、みすぼらしいとか、そういった明白な理由があれば諦めも付く。だけど、『綺麗ですね』って言われることが多いし、金にものを言わせてドレスは良いものを身に着けている。もちろん、社交辞令っていう可能性もあるけど。


(あの子と私の何が違うんだろう?)


 今夜は年相応に、少しだけ露出が多めの愛らしいドレスをチョイスした。化粧は赤系統、目が真ん丸と大きく見えるよう、しっかりとアイラインを引いて。
 先週は正反対に、大人っぽい、上品な感じのマーメイドドレス。その前は清楚系。化粧も都度都度変えている。
 だけど、どんなに見た目を変えたところで、わたしを誘ってくれる人はゼロ。会話はしてくれても、誰も踊ってはくれない。

 しかも、悲しいかな。縁談だって一つも舞い込んでこないのだ。お見合いをしようにも、その前段階で弾かれてしまう。

 父は伯爵、母は王太子の乳母を務め、今や侍女長なんていう役職持ち。私自身、女官として働いている。伝手の一つや二つ、あって然るべきだと思う。
 それなのに、私の何がいけないのだろう。


「――――僕と踊ってくれませんか?」


 聞き慣れた声。差し伸べられた手。
 顔を上げると、そこには私が想像した通りの人がいた。


「ヨナス様……」

「ああ、思った通り。エラは今日も綺麗だね。時間を作って来た甲斐があった」


 ヨナス様がそう言って目を細める。目頭がグッと熱くなった。
 彼はこんな私を唯一ダンスに誘ってくれる人――――幼馴染だ。


「忙しいって仰っていたでしょう? 大丈夫なんですか?」

「平気だよ。後のことはアメルに託してきたし、偶には息抜きも必要だ。何より、可愛いエラのドレス姿は何を差し置いても拝まなきゃならないだろう?」


 ポンポンと頭を撫でられ、心がざわめく。嬉しいのと苦しいのが同時にやって来て、どんな表情を浮かべれば良いのか分からない。


「ほら、踊ろう。折角の夜会だ。楽しまなければ」


 ヨナス様に手を引かれ、ホールへと向かう。今や会場中の視線が、私達二人へと注がれていた。
 それもその筈。

 ヨナス様はこの国の王太子だ。

 彼の乳母である母は、遠い領地に住む私達とは離れ、城で暮らしていた。年に数回登城をし、母と束の間の交流を持つ。その時、いつも傍にくっついていたのがヨナス様だ。
 そんなわけで、彼のことは赤ちゃんの頃から知っている。謂わば姉弟みたいな関係だ。


「エラは本当に綺麗だね。この会場の誰よりも輝いているよ」


 ヨナス様が笑う。だけど私は、小さく首を横に振った。


「そうであったらどんなに良いか。今夜も誰もダンスに誘ってくれなかったんですよ?」


 連敗が続くたびに、私のプライドはズタボロだ。その癖、会うたびにヨナス様が褒めそやすので、最早何を信じれば良いのか分からなくなっている。


「皆見る目がないな。僕なら真っ先に声を掛ける。こうしてダンスに誘うのに」


 ヨナス様がそっと私を抱き締める。胸がツキンと痛んで、無理やり笑みを浮かべた。


「感謝してます。ヨナス様が来てくださらなかったら、今夜も完全に『売れ残り』でしたもの。縁談もちっとも進みませんし」


 それは、普段できる限り避けている話題。口にするには少しだけ勇気が必要だった。数秒の沈黙。普段の何倍もの長さに感じられる。
 ヨナス様は私をじっと見つめ、ややして小さく首を傾げた。


「そんなに焦らなくても良いんじゃない? まだ若いし、エラは女官として立派に仕事をしているんだから」


 言わなきゃよかった――――大きな絶望と後悔が胸を過る。


「そう……ですね。そうかもしれないんですけど」


 まだ十八歳。いつかはきっと結婚できる。
 だけど、それじゃいけない。そんな理由が私にはある。


「それにね?」


 ヨナス様は目を細め、そっと耳元に唇を寄せる。


「可愛いエラ。他の男のものになっちゃダメだよ」


 ドクンと心臓が大きく跳ねる。毒みたいに心と身体を蝕む甘い囁き。


(そんな風に言われたら、嫌でも期待しちゃうじゃない)


 真っ赤に染まった頬でヨナス様を見つめれば、彼は満足そうに微笑んだ。
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