私の何がいけないんですか?
3.選んでもらえた
賑やかな音楽に白粉や香水の香り。楽しそうな笑い声に、ため息が漏れる。
(止せばいいのに。どうせ誰にも誘われないんだから)
だけど、今夜はどうしても一人になりたくなかった。たとえ虚しくとも、華やかな場所に身を置き、誰かの存在を感じていたかった。
ふらりと馬車に飛び乗って、私は今夜も夜会会場に身を置いている。
「――――様、踊りましょう?」
ふと顔を上げれば、婚約者からエスコートを受ける令嬢達。皆幸せそうに笑っていて、羨ましくて堪らない。
私も彼女達みたいになりたかった。
形だけでも、誰かの特別な人になりたかった。選ばれてみたかった。
(――――選んでもらえたと思ったのになぁ)
期待してしまった分だけ余計に、心が苦しい。こんな気持ち、知りたくなかった。泣きたくなんてないのに――――。
「――――良かったら、俺と踊っていただけませんか?」
視線の先に、差し伸べられた手のひら。見回しても、周りに他の令嬢は居ない。
もう一度、視線を落とす。俄かには信じられないけど、手のひらは私に向け、真っ直ぐに差し出されている。
おずおずと顔を上げれば、そこには見たことが無い程、綺麗な顔立ちをした男性が佇んでいた。
「今の、私に?」
「……? ええ。もしかして、この国のマナーにそぐわなかったでしょうか?」
目頭が熱い。首を大きく横に振れば、男性は穏やかに微笑んだ。
「良かった」
安堵しました、と口にする男性を、改めて見上げる。
サラサラした銀色の髪。宝石みたいに鮮やかな翠の瞳。透き通るような白い肌に散らされた涙ボクロ。ヨナス様も長身だけど、目の前の彼はもっと高く、それでいてしなやかな体躯をしている。けれど全然女性的ではなく、物凄く男性的な魅力に溢れていた。
靴も夜会服も、アクセサリーも、全てが超一級品。上品で、洗練されていて、それでいて全く嫌味がない。
(こんな男性、この国に居たんだ)
何だか感動を覚えてしまう。
男性は恭しく私の手を取り、ホールへと導いていく。道すがら、周囲からの視線を強く感じた。
(もしかして、有名人なのかしら?)
いや、違う筈だと自答する。あらゆる夜会に顔を出しまくった、この私が知らないんだもの。単純に人目を惹いているだけなのだと思う。
やっぱりというか、特に強いのは女性陣の羨望の眼差しだ。普段は専ら送る側なので、恥ずかしいけど、とても嬉しい。ほんの少しだけ優越感を抱いた所で、罰は当たらないと思いたい。もう二度と、こんな機会は訪れないかもしれないんだし。
「皆があなたを見ていますね?」
「え?」
「とても綺麗ですから」
男性はサラリとそう口にし、ウットリと目を細めた。
(何!? 何かの罠なの?)
胸がドッドッと早鐘を打つ。
持ち上げられて一気に落とされる――――そんな苦い経験を、つい昨日味わったばかりだ。裏があると疑ってしまうのは致し方ないだろう。
(だけど)
たとえそうだとしても、生まれて初めて選ばれた――――ヨナス様以外の人に――――その事実に喜ばずにはいられない。
身体を寄せ合い、視線を絡めてから、音楽に合わせてステップを踏む。
ふわりと漂う甘やかで優しい香り。丁寧で何処までも女性を引き立てるリード。強引な所が少しもない。ヨナス様とは全然違っていた。
「上手ですね」
「……! 本当ですか?」
「ええ。とても踊りやすいです」
「嬉しい! ありがとうございます」
そんなこと、初めて言われた。だって、ヨナス様以外の人と踊るなんて、初めての経験だもの。自分のダンスの腕前なんて、知る由もなかった。
男性が微笑む。とても柔らかな笑顔で。ヨナス様とは――――その瞬間、ズキズキと胸が軋んだ。
(馬鹿みたい)
結局私は誰と居ても、ヨナス様のことばかり考えている。彼と他の人を比べてばかりいる。こんなんじゃ、私と踊ってくれたこの人に対して、物凄く失礼だ。
(だから私はダメなんだろうなぁ)
ずっとずっと考えていた。誰も私と踊ってくれない――――結婚してくれないその理由。
きっと見透かされていたのだと思う。ヨナス様を想う心を。彼の隣に並び立つ未来を夢見ていたことを。
己を見ない女を、一体誰が見ようと思う? 側に居ようと思う?
男性達は、そんな私を映す鏡だったのだ。
「楽しんでいらっしゃいますか?」
男性が微笑む。思えばこの人は、出会ってからずっと笑顔だ。
「ええ。あなたのお陰で」
聖人みたいに清らかな、優しい人。こんな私に声を掛けてくれた。見つけてくれた。
この人と一緒に居たら、私みたいなダメな人間でも、良い人になれるような気がしてくる。自然と笑顔が浮かび上がる。
「それは良かった」
男性はそう言って目を細めた。胸が高鳴る。繋がれた手のひらが、抱き寄せられた身体が熱を帯びる。
自分でも大概チョロいと思うけど、この時私は、名前も素性も知らないこの人に、驚くほどあっさりと心を奪われてしまったのだった。
(止せばいいのに。どうせ誰にも誘われないんだから)
だけど、今夜はどうしても一人になりたくなかった。たとえ虚しくとも、華やかな場所に身を置き、誰かの存在を感じていたかった。
ふらりと馬車に飛び乗って、私は今夜も夜会会場に身を置いている。
「――――様、踊りましょう?」
ふと顔を上げれば、婚約者からエスコートを受ける令嬢達。皆幸せそうに笑っていて、羨ましくて堪らない。
私も彼女達みたいになりたかった。
形だけでも、誰かの特別な人になりたかった。選ばれてみたかった。
(――――選んでもらえたと思ったのになぁ)
期待してしまった分だけ余計に、心が苦しい。こんな気持ち、知りたくなかった。泣きたくなんてないのに――――。
「――――良かったら、俺と踊っていただけませんか?」
視線の先に、差し伸べられた手のひら。見回しても、周りに他の令嬢は居ない。
もう一度、視線を落とす。俄かには信じられないけど、手のひらは私に向け、真っ直ぐに差し出されている。
おずおずと顔を上げれば、そこには見たことが無い程、綺麗な顔立ちをした男性が佇んでいた。
「今の、私に?」
「……? ええ。もしかして、この国のマナーにそぐわなかったでしょうか?」
目頭が熱い。首を大きく横に振れば、男性は穏やかに微笑んだ。
「良かった」
安堵しました、と口にする男性を、改めて見上げる。
サラサラした銀色の髪。宝石みたいに鮮やかな翠の瞳。透き通るような白い肌に散らされた涙ボクロ。ヨナス様も長身だけど、目の前の彼はもっと高く、それでいてしなやかな体躯をしている。けれど全然女性的ではなく、物凄く男性的な魅力に溢れていた。
靴も夜会服も、アクセサリーも、全てが超一級品。上品で、洗練されていて、それでいて全く嫌味がない。
(こんな男性、この国に居たんだ)
何だか感動を覚えてしまう。
男性は恭しく私の手を取り、ホールへと導いていく。道すがら、周囲からの視線を強く感じた。
(もしかして、有名人なのかしら?)
いや、違う筈だと自答する。あらゆる夜会に顔を出しまくった、この私が知らないんだもの。単純に人目を惹いているだけなのだと思う。
やっぱりというか、特に強いのは女性陣の羨望の眼差しだ。普段は専ら送る側なので、恥ずかしいけど、とても嬉しい。ほんの少しだけ優越感を抱いた所で、罰は当たらないと思いたい。もう二度と、こんな機会は訪れないかもしれないんだし。
「皆があなたを見ていますね?」
「え?」
「とても綺麗ですから」
男性はサラリとそう口にし、ウットリと目を細めた。
(何!? 何かの罠なの?)
胸がドッドッと早鐘を打つ。
持ち上げられて一気に落とされる――――そんな苦い経験を、つい昨日味わったばかりだ。裏があると疑ってしまうのは致し方ないだろう。
(だけど)
たとえそうだとしても、生まれて初めて選ばれた――――ヨナス様以外の人に――――その事実に喜ばずにはいられない。
身体を寄せ合い、視線を絡めてから、音楽に合わせてステップを踏む。
ふわりと漂う甘やかで優しい香り。丁寧で何処までも女性を引き立てるリード。強引な所が少しもない。ヨナス様とは全然違っていた。
「上手ですね」
「……! 本当ですか?」
「ええ。とても踊りやすいです」
「嬉しい! ありがとうございます」
そんなこと、初めて言われた。だって、ヨナス様以外の人と踊るなんて、初めての経験だもの。自分のダンスの腕前なんて、知る由もなかった。
男性が微笑む。とても柔らかな笑顔で。ヨナス様とは――――その瞬間、ズキズキと胸が軋んだ。
(馬鹿みたい)
結局私は誰と居ても、ヨナス様のことばかり考えている。彼と他の人を比べてばかりいる。こんなんじゃ、私と踊ってくれたこの人に対して、物凄く失礼だ。
(だから私はダメなんだろうなぁ)
ずっとずっと考えていた。誰も私と踊ってくれない――――結婚してくれないその理由。
きっと見透かされていたのだと思う。ヨナス様を想う心を。彼の隣に並び立つ未来を夢見ていたことを。
己を見ない女を、一体誰が見ようと思う? 側に居ようと思う?
男性達は、そんな私を映す鏡だったのだ。
「楽しんでいらっしゃいますか?」
男性が微笑む。思えばこの人は、出会ってからずっと笑顔だ。
「ええ。あなたのお陰で」
聖人みたいに清らかな、優しい人。こんな私に声を掛けてくれた。見つけてくれた。
この人と一緒に居たら、私みたいなダメな人間でも、良い人になれるような気がしてくる。自然と笑顔が浮かび上がる。
「それは良かった」
男性はそう言って目を細めた。胸が高鳴る。繋がれた手のひらが、抱き寄せられた身体が熱を帯びる。
自分でも大概チョロいと思うけど、この時私は、名前も素性も知らないこの人に、驚くほどあっさりと心を奪われてしまったのだった。