私の何がいけないんですか?
6.社交辞令なんかじゃない
ハンネス様と私は連れ立って、ゆっくりと庭園を進んだ。さり気なく揃えられた歩幅。心地の良い沈黙。心がポカポカと温かい。
「ハンネス様、どこかご覧になりたい場所はありますか? 立ち入りが許可されている場所なら、どこでもご案内できますよ」
少しでも彼の役に立ちたくて、私はそんな提案をする。気合は十分。だって、少しでも喜んでいただきたいんだもの。
「いや、正直城内は、既に散々見て回った後なんだ。アメル殿はタフだね。この広大な敷地の中を、かなりの距離歩かされたよ。それなのに、庭園を見たいって申し出たら、すごく渋られた。どうしてだろうね?」
困ったように微笑むハンネス様に、私はそっと首を傾げた。
「妙ですね。庭園はむしろ、お客様をご案内するのに最適の場所です。普段は真っ先にご案内を差し上げる場所ですのに……申し訳ございません」
「いや、気にしないで。俺のワガママで、彼を困らせてしまったみたいだし。それに、こうしてエラ嬢に会うことが出来た。結果オーライだよ」
屈託のない笑み。あまりにも愛らしいその笑顔に、胸がキュンと疼く。
生まれてこの方、男性を可愛いと思ったことなんてない。ヨナス様に対してすら。
(これは――――かなりヤバいのでは?)
先程からずっと、胸がドッドッと早鐘を打ち続けている。緊張と興奮と、それからとてつもない幸福感。
たった一度、踊ってもらっただけ。ほんの少し言葉を交わしただけだというのに、私は完全に、ハンネス様に心を奪われている。
こんな風に好意を寄せられて、ハンネス様は嫌じゃなかろうか。迷惑じゃないだろうか。
もちろん、結婚を迫ろうとか、デートの約束を取り付けようとか、そういったことを思っているわけじゃない。その辺の話は、家格の釣り合いとか、色々と現実的な問題が浮き上がってくるもの。
だけど、私の気持ちは多分、彼にバレバレだ。
ハンネス様の笑顔を見ていると、全てを見透かされているかのような――――許されているかのような気持ちになる。それが全然嫌じゃない。寧ろ嬉しいって思ってしまう。
人が人を好きになるのって、多分理屈じゃない。
その人が醸し出す空気とか、フィーリングとか、それだけで十分なんだ。
よくよく考えたら、ヨナス様のことだって、気づいたら好きになっていたんだもの。相当幼い頃のことだし、キッカケとか、全然覚えていないけれど。
「エラ嬢はヨナス殿下と親しいの? 彼付きの女官なんだよね?」
ハンネス様が尋ねた。私に興味を持ってくださっている――――そう思うだけで浮足立ってしまう。ヤバい。末期だ。
「親しいというか……幼馴染なんです。母がヨナス様の乳母を務めていたから、顔を合わせる機会が多くて。将来は彼を支える側の人間になるのが当たり前だと、父や母から教えられてきましたから」
両親の教えは、今もちゃんと胸に残っている。貴族として、そうあるべきだって想いもある。
だけど、ヨナス様にキスをされたあの夜から、『このままで良いんだろうか』って、心のどこかで迷っている。
だって、女官の仕事は誰にでもできる。元々そうあるべき仕事だ。
それに、事情を知らなかったとはいえ、私はヨナス様とキスをしてしまった。クラウディア様に対して申し訳ない。どう足掻いても罪悪感を感じてしまう。
誰かの顔色を窺いながら生きるより、私には別の――――ヨナス様から離れる道も有るんじゃないだろうかって。
「そっか。……だったら週末、君の時間を俺に貰えないかな?」
ハンネス様が微笑む。私の瞳を真っ直ぐに見つめて。
(それって、もしかして……!)
期待に胸が膨らんで、頬が真っ赤に染まった。
「エラ嬢をデートに誘いたいんだけど、ダメ?」
誤解しようのないお誘いの言葉。天にも舞い上がりそうな心地だ。
だけど、「はい」って答えようとしたその時、
「ダメだよ」
と、背後から不機嫌な声が聞こえてきた。
「ハンネス様、どこかご覧になりたい場所はありますか? 立ち入りが許可されている場所なら、どこでもご案内できますよ」
少しでも彼の役に立ちたくて、私はそんな提案をする。気合は十分。だって、少しでも喜んでいただきたいんだもの。
「いや、正直城内は、既に散々見て回った後なんだ。アメル殿はタフだね。この広大な敷地の中を、かなりの距離歩かされたよ。それなのに、庭園を見たいって申し出たら、すごく渋られた。どうしてだろうね?」
困ったように微笑むハンネス様に、私はそっと首を傾げた。
「妙ですね。庭園はむしろ、お客様をご案内するのに最適の場所です。普段は真っ先にご案内を差し上げる場所ですのに……申し訳ございません」
「いや、気にしないで。俺のワガママで、彼を困らせてしまったみたいだし。それに、こうしてエラ嬢に会うことが出来た。結果オーライだよ」
屈託のない笑み。あまりにも愛らしいその笑顔に、胸がキュンと疼く。
生まれてこの方、男性を可愛いと思ったことなんてない。ヨナス様に対してすら。
(これは――――かなりヤバいのでは?)
先程からずっと、胸がドッドッと早鐘を打ち続けている。緊張と興奮と、それからとてつもない幸福感。
たった一度、踊ってもらっただけ。ほんの少し言葉を交わしただけだというのに、私は完全に、ハンネス様に心を奪われている。
こんな風に好意を寄せられて、ハンネス様は嫌じゃなかろうか。迷惑じゃないだろうか。
もちろん、結婚を迫ろうとか、デートの約束を取り付けようとか、そういったことを思っているわけじゃない。その辺の話は、家格の釣り合いとか、色々と現実的な問題が浮き上がってくるもの。
だけど、私の気持ちは多分、彼にバレバレだ。
ハンネス様の笑顔を見ていると、全てを見透かされているかのような――――許されているかのような気持ちになる。それが全然嫌じゃない。寧ろ嬉しいって思ってしまう。
人が人を好きになるのって、多分理屈じゃない。
その人が醸し出す空気とか、フィーリングとか、それだけで十分なんだ。
よくよく考えたら、ヨナス様のことだって、気づいたら好きになっていたんだもの。相当幼い頃のことだし、キッカケとか、全然覚えていないけれど。
「エラ嬢はヨナス殿下と親しいの? 彼付きの女官なんだよね?」
ハンネス様が尋ねた。私に興味を持ってくださっている――――そう思うだけで浮足立ってしまう。ヤバい。末期だ。
「親しいというか……幼馴染なんです。母がヨナス様の乳母を務めていたから、顔を合わせる機会が多くて。将来は彼を支える側の人間になるのが当たり前だと、父や母から教えられてきましたから」
両親の教えは、今もちゃんと胸に残っている。貴族として、そうあるべきだって想いもある。
だけど、ヨナス様にキスをされたあの夜から、『このままで良いんだろうか』って、心のどこかで迷っている。
だって、女官の仕事は誰にでもできる。元々そうあるべき仕事だ。
それに、事情を知らなかったとはいえ、私はヨナス様とキスをしてしまった。クラウディア様に対して申し訳ない。どう足掻いても罪悪感を感じてしまう。
誰かの顔色を窺いながら生きるより、私には別の――――ヨナス様から離れる道も有るんじゃないだろうかって。
「そっか。……だったら週末、君の時間を俺に貰えないかな?」
ハンネス様が微笑む。私の瞳を真っ直ぐに見つめて。
(それって、もしかして……!)
期待に胸が膨らんで、頬が真っ赤に染まった。
「エラ嬢をデートに誘いたいんだけど、ダメ?」
誤解しようのないお誘いの言葉。天にも舞い上がりそうな心地だ。
だけど、「はい」って答えようとしたその時、
「ダメだよ」
と、背後から不機嫌な声が聞こえてきた。