結ばれないはずが、一途な彼に愛を貫かれました ~裏切りと再会のシークレット・ベビー・ラブ~
 ほんの少し記憶がないだけで、そんなに苦しむものだろうか。必死になって記憶を取り戻そうとしているのは何故なのか。——理由を聞きたい気もするけれど、これ以上自分がアルベルトの事情に深入りすると、戻ってくることができなくなりそうで怖い。

「私のことと言っても、私は絵のモデルをしただけです」
「その絵を描いた時の様子を、教えて欲しい。それだけがどうしても、思い出すことができないんだ」
「ですが、そんな以前のことは……、私もうろ覚えになっていて」

 嘘だ。全てくっきりと覚えている。何度も思い出しては忘れないよう日記に記し、繰り返し思い出してきた。いつか、リヒトにも教えて上げたかった。リヒトはパパとママが愛し合って生まれてきた子だと。パパは事情があっていないけれど、その分ママがいっぱい愛していると伝えたかった。

 だから、アルベルトとの思い出は何一つ忘れていない。彼が忘れても、自分だけは忘れないように大切にしてきたからだ。

 その大切な記憶を、アルベルトに伝えなければいけないのだろうか。自分の中で逡巡していると、彼は身を切るように辛そうな顔で懇願し始めた。

「頼む、何でもいいから当時のことを教えて欲しい」

アルベルトはためらいながらも、伝えることを戸惑う気持ちを振り払うように短く息を吐いた。

「私は、大切な人を忘れてしまっている」
「えっ?」

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