ブルー・ロマン・アイロニー
「いてえ」
「痛覚ないでしょ」
「ところでお前さんよ」
「……なに」
「どうやら俺にも名前がついたらしいんだが」
「ぇ……、あ」
「どうにもど忘れしちまった」
「なっ、それ……どっ」
名前?それは違う……というかさっきの今でど忘れするアンドロイドがあるか!
舌がもつれて言えなかったわたしに、アンドロイドは意地の悪いニヤニヤ笑みを浮かべていた。
「というわけでマスター。もっかい言ってくれや」
こんの性悪アンドロイド。絶対にいやだ、言うもんか。
なんて思ったのは一瞬。
どうせ渋っていても聞き出されるのがオチなので、わたしは聞き取れないほど小さな声でその名前を呼んだ。
「ノア」
「……ノア」
復唱するその声はロボットにふさわしい無機質さを含んでいた。
それでもなにか思うところがあるのか、じっくりと自分に染み込ませるような水気も感じた。
「い、いつも真っ黒だし、髪とか目とか、服とか……だからノアール……ノア、でいいかなって……なんとなく思っただけ」
ずっと前から考えていた、なんて。
そんなの口が裂けても言えないと思った。
とっぷりと真剣に考えておいてこのクオリティはさすがに恥ずかしい。
だからいまさっき思いついたように装ったものの、それにしたってあまりにも単純すぎると思っていたら、「捻りもクソもねえなあ」とアンドロイドも失笑していた。よりによって失笑だ、失笑。