ブルー・ロマン・アイロニー
ルーカスくんはあんなにも美しくピアノを弾ける。
クラスメイトと他愛のない話をして、バスケができる。
たしかに製造された理由は、アンドロイドは人間に恋をすることができるか、という実験からだったかもしれない。
だけどルーカスくんが生きていた理由はそれだけじゃなかった。
それだけのために、生きているわけじゃなかった。
ノアだってそうだ。
人の心を読む。
そのためだけに生まれてきたわけじゃない。
毎日を過ごしていたわけじゃない。
「だからっ、ノアは────……ノ、ア?」
この場にいる全員が、ノアを見ていた。
さっきまで興奮していた人も、わたしを取り押さえていた人も、そうしてわたしも。
このときばかりはすべてを忘れて、その一点に目を奪われていた。
誰かが信じられない、というようにつぶやいた。
「アンドロイドが────泣いている」
大泣きするでもなく、泣き喚くでもなく、ただただ、ノアは涙を流していた。
ぽろぽろと零れていく雫がノアの黒い上着に吸いこまれていく。
自分でもたしかめるようにその涙を見つめていたノアが、顔をあげてわたしを見た。
今しかないと思った。
「あっ!」
力のかぎり研究員たちを押しのけたわたしは、ノアの手をつかんだ。
走り出したわたしたちを、後ろから声が追いかけてくる。
「サトリ、止まれ!」
「止まるな!!止まるなッ、ノア!!」
喉がひりつくほどの声量で、わたしは追っ手の声をかき消した。
「いこうノア!どこまでも、どこまでもっ、一緒に!!」
ノアとわたし、ふたり分の涙をそこに残して。
わたしたちは駆け出した。