ブルー・ロマン・アイロニー
ナナちゃんは一瞬驚いたように、ドアの前に立っているわたしを見つめた。
だけどすぐ、にこりと女神のような笑みを浮かべる。
瑠衣ちゃんが迷惑そうに顔をゆがめた。
「ちょっと、藤白。ここ、席近いんだから。もっと静かに開けてよね」
ごめん、と席につきながらわたしは謝った。
「あまり」
ナナちゃんがわたしを呼んだ。
心臓がわしづかみにされるような心地になる。
なんとかして顔をあげるとナナちゃんと視線が絡みあった。
「おかえり。遅かったね?」
「……うん、トイレ、混んでて」
うわずった声が出た。
自分の鼓動がいやにはっきりと聞こえる。
どくん、どくんって鳴り響いていた。
今わたしはどんな顔をしているんだろう。
血の気が引いてるのか、軽くめまいがする。
「あまり、このアンドロイドに名前つけてる?」
「ううん」
重い首を横にふる。
瑠衣ちゃんが妙案を思いついたように、にやりと笑った。
「じゃあヤクザって呼ぼうよ。や、まんま過ぎるか」
「いいんじゃない?ね、あまり」
ふと視線を感じて顔をあげると、アンドロイドと目があった。
わたしはすぐに逸らす。
その吸いこまれるように深い淵の瞳は、いつからわたしを見ていたのだろうか。
どんな顔をしてナナちゃんたちの話を聞いていたのだろうか。
誰も、わたしには教えてはくれない。