ブルー・ロマン・アイロニー
「やっと笑ったな」
「え?」
「俺の前で、初めて笑った」
下から掬い上げるように、顔を覗きこまれる。
今度はわたしがぽかんとする番だった。
「そうやって笑ってたほうが可愛いぜ」
まるで遅効性の毒のようにじわじわと浸透してくる。
それが顔の辺りまで上がってきたあと、すん、と表情が抜け落ちる感覚がした。
「笑ってない」
「こっちには録画機能があるぜ」
「わ、笑ってない!もう、いいから先に戻ってて」
アンドロイドを浴室から追いだしたあと、わたしは広くなった空間でそっと息を吐く。
鏡の中の自分と目があった。いつも自信なさげに揺れていた瞳はそこにはない。
────やっと笑ったな。俺の前で、初めて笑った。
それどころか、と思う。
この部屋で笑ったことさえも久しぶりだ。
なんの計算でも誰かへの媚びでもなく笑ったのは、ほんとうに久しぶりのことだった。
「大丈夫……わたしなら、大丈夫」
短くなった髪にさらりと指を通す。
首筋に触れる髪の毛をくすぐったく思いながら、わたしは何度も自分にそう言い聞かせた。