姉に婚約者を寝取られたので訳あり令息と結婚して辺境へと向かいます~苦労の先に待っていたのは、まさかの溺愛と幸せでした~
「ごめん……なさい」

「へ……?」

「大丈夫、だった?」

「…………あ、はい」


再び伸ばされた手を取って起き上がる。
べちょべちょの顔をハンカチで拭っていると、嬉しそうに尻尾を振るブルと呼ばれた犬が青年の周りを回ってからお尻を落として座った。
ヘラリと笑った後に本来の目的を思い出す。


「あ、あの……今日からお世話になります。ウェンディですが……」

「………!」

「ゼルナ様は、いらっしゃいますか……?」

「………」


視線も合わせずに犬の頭を撫で続ける青年との間に再び沈黙が流れる。
するとボソボソと聞こえる声に耳を傾ける。


「……が、………だ」

「え……?」

「ぼく……が、……だ」

「あの、もう少し大きな声で話してくださいませんか?聞き取れなくて」

「………」


それにしても何とも長い前髪である。

(前、見えているのかしら……?)

綺麗なラベンダー色の髪も手入れをしていないのか、癖毛なのか寝癖なのかは分からないが、ぴょんぴょんと四方八方に跳ねている。
犬に顔中、ベロベロと舐められていてもお構いなしなのか動きが止まっている。

(動物の世話係かしら……?)

青年の言葉をじっと待っていると、ゆっくりと首が動く。
長い前髪で見えないが、恐らく此方を向いているのだろうか。
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