【短編】保健室の常連客
パウンドケーキを口に運ぶ手が止まった。
名前間違えてない? って思ったけど、旧姓だったんだ……。
「そっかぁ。小さい山が広い川になったのか」
「うん。それより、番号教えて」
「おぅ、もちろん。一応、グループにも招待しとくな!」
目の前で連絡先を交換し始めた。
中3なら、まだ2年目か。
入学前に変更なんて、大変だっただろうな。
「よし、完了。いつでも電話していいからな。あ、彼女がいるから難しいか」
「彼女? いないよ」
「えっ、違うの? 勝負服着てるから、てっきりデートかと……」
目を丸くした松本くん。
もしかして、デート中だと思われてた⁉
「は⁉ 違うって! 桧村さんはただのクラスメイト! 付き合ってないから!」
「はいはい、お邪魔してすみませんでしたね。じゃあね桧村さん!」
腹を立てる広川くんに、松本くんはにこやかに手を振って去っていった。
「ごめんね。あいつお調子者でさ。気にしないで」
「うん……」
おかしいな。
広川くんは本当のことを言っただけなのに。
……どうして胸がチクチクするんだろう。